天才少女
三
「今日は一段と暑いですなあ。」
豪邸の長い廊下を歩きながらタカクラは汗で重くなったハンカチをさらに額に当てる。冷房の効いた豪邸であるため、ミヤタの汗はすっかり乾いているが、タカクラは外とほぼ変わらない汗を額に浮かべ、どこか顔色も悪い。
「そうですねえ。何でも今年一番の暑さらしいですから。」
見ているだけで目が痛くなるこの屋敷の主の妻のオオクラ夫人は、どこか他人事のようにタカクラの発言に同意する。その顔には暑さなどみじんも感じていないことはだれの目からも明らかであり、ミヤタもひんやりとしたこの屋敷の中で夏の暑さを感じるのは無理なことだろうと思った。
廊下の突き当たりの部屋のドアの中に入るとそこはエレベータの中であった。どうやらかなり大型のエレベータのドアだったらしい。三人がその中に入ると、オオクラ夫人は『B1』の一つしかないボタンを押し、エレベータのドアを閉めた。
「ところで、ミヤタさんはまだお若いようですけれど歳はおいくつですか?」
オオクラ夫人はそういってミヤタに向きなおった。それまで、二人の雑談をぼんやりと聞いていたミヤタに突然話題が向けられたため返答に一瞬、間が開いてしまう。
「・・・今年で二十四になります。」
「まだお若いのに大変ね。」
『仕事』が大変だろうという意味だが、オオクラ夫人の『大変ね』という言葉にはさらに含みが込められたかのようにミヤタは感じ取った。
「なに、こいつはいろいろと肝が据わっていますから大丈夫ですよ。」
ミヤタは、「はは」と愛想笑いを浮かべると、それ以上会話に加わろうとはしなかった。
甲高い電子音がエレベータ内に響き、両開きのドアがゆっくりと開く。ミヤタが足を踏み出せば、先ほどいたエレベータ内よりさらに冷たい冷気を感じ取ることができる。
エレベータから出たことにより、隣のタカクラの顔色はさらに悪くなった