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水木 誠治
水木 誠治
novelistID. 51253
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輪廻

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その夜、突然チャイムが鳴って誰かが訪問してきた。そして私はうかつにも、それが誰なのか確認せずにドアを開けてしまった。
「――よう」
 ドアの縁に手が現われ、ぐいと一気にドアが開いた。その男は中に入ると素早くドアを閉め、不気味な笑みを浮べながら言った。
「よくも、俺を殺してくれたな」

  * * *

 瞼を細く開くと、白い天井がうっすら見えた。その天井は低いようで高い。本当はどちらなのか、よく判らなかった。確かなことは、私がいまベッドに寝かされているということだ。
「――お気づきですか? お嬢様」
 声の降ってきた方を見ると、白衣の男が立っていた。白髪の頭からすると、おそらく歳は五十を過ぎているだろうが、柔らかい顔つきのせいでもっと若く見える。フレームのないまんまるの眼鏡が印象的だった。
 その初老の男のとなりには、やはり白衣を着たずっと若い男。さっきの人と対称的にこちらは不気味なくらい無表情で、凍りつくような冷たい眼をしていた。
 そして、その冷血動物の一足後ろにはナースらしき姿も見える。
 ここは病院なのだろうか。そう思って、仰向けのまま室内を見回した。
 やけに広い部屋には、私が寝ているベッドがひとつだけだ。しんと静まり返って、物音ひとつしない。そして、気持ち悪いくらいに真っ白な部屋。床も天井も、ベッドも机も、何もかもが白。清潔感を通り越して、部屋全体が無菌状態じゃないかと錯覚しそうなくらいだ。
「ここは……どこ?」
 私は、誰ともなしに訊いた。
「病院ですよ」
 ベッドの横に立つ初老の男から、すぐに答えが返ってきた。
「やっぱり。私、病気にかかったのかしら?」
「いえ、病気ではありません」
「それじゃ、事故にあったのね。でも、へんだわ。どこも痛くない」
 全身をチェックしながら、私はそう言った。
「当然のことです。お嬢様は、事故になどあっていないのですから」
「じゃあ、なに? 私は健康なのに病院で寝ているわけ?」
 そう言って半身を起こそうとした私を、彼はなだめるように寝かせ、ゆっくりと口を開いた。
「病気でも、事故でもありません。お嬢様は、死んだのです」
 しばらく、言葉の意味が理解できなかった。――お嬢様は死んだのです。私が死んだ。死んだ。だんだんと頭が混乱してきて、いつのまにか早口で喋っていた。
「私が死んだって、いったいどういうこと? 意味が分からないわ。だって、私、いま生きているじゃない。それとも、ここはあの世なのかしら」
「いいえ。ここは現世です。そして間違いなく、お嬢様は生きてらっしゃる」
「でも、さっき……」
「私の言い方が悪かったようです。言い直しましょう。――お嬢様は生き返ったのです」
「生き返った……?」
 私は生き返った。なるほど、これでさっきの言葉の意味が分かった。私は死んだ。でも生き返った。だから、いまこうして生きている。当然、病院で寝ているわけだ。だいたいは理解できたけれども、まだいくつか分からないことがある。まず、そのひとつを口にした。
「どうして私は死んだの?」
 私の問いに、初老の男は顔を曇らせた。その表情から察するに、私の死因はあまり望ましいものではなかったらしい。もっとも、死因に望ましいも望ましくないもあるわけないと思うが。
 初老の男は言いにくそうにしていたが、私と一度目を合わせると、きっぱりと話してくれた。その答えは、おおよそ私の想像していたとおりだった。
「お嬢様は何者かに殺されたのです。腹部と胸部を包丁のような刃物で何度も刺されて……。直接の死因は出血性のショック死だったようですが」
「腹部と胸部――」
 はっとして、白のパジャマをめくってみた。下着もブラジャーもつけていない。すぐに素肌が現われ、私はそこに無残な創痕を想像した。
「……ない。傷痕がない」
 あらわになった腹部と胸部には傷痕ひとつなかった。まだ張りの失われていない、私の記憶どおりの、私の肌だ。
 どうして?――そう問い掛けるような眼で初老の男を見ると、彼は隣に立っていた男に目配せして、白いイスを持ってこさせた。白衣の男はそれに腰掛け、目線を私のと同じ高さにして、それから話を始めた。あたりを漂う空気から、話は単純ではなく、かなり長いものなんだろうと感じた。
「ご存じなかったかもしれませんが、お嬢様は蘇生保険を受けていました。お父上が一人娘であるお嬢様に万一のことがあっては、と心配なされたのでしょう。多額の掛金を出されていました」
「ちょっとまって。蘇生保険っていうのは?」
「生命保険と似たようなものです。ただ、生命保険が被保険者の死亡を条件として一定の金額を支払うのに対し、蘇生保険はその名のとおり、被保険者が死亡した場合、被保険者を蘇生させるというものです」
「蘇生させるなんて言うけど、いったいどうやって……」
「現代の生命科学をもってすれば、技術的にも理論的にも容易いことです。死亡者の脳データを、高速培養した死亡者のクローンの脳に移し替えるだけのことですから。ただ、死亡者の脳が損傷していないことが前提条件ですけれども。しかしまぁ、その前提条件のため、蘇生させるのに様々な制約が加わりますね。例えば、心臓停止後、二十四時間以内に遺体を回収しなければならない、などがそうです。もちろん、我々はその条件をクリアできるように日々尽力しています」
 そう言って、初老の男はにっこり笑った。
 とりあえず、さっきの話で私の身体に傷痕がないわけが解った。信じられないが、私のこの身体は――いや身体だけじゃない。私の存在自体が、私のクローンなのだ。オリジナルの身体は、おそらく焼かれて灰になっていることだろう。私はまじまじと自分の手のひらを眺めた。
「これは……」
 私の視線の先には「4」という数字。黒のインクだろうか、右手首のあたりに印字されている。身に覚えがないものだ。
「識別番号のようなものです」
 私の視線に気づいたのだろうか、若い男が抑揚のない声で言った。
「しばらく経てば消えてしまいます。気になさらずとも大丈夫です」
 釈然としないが、彼らはそれ以上答えるつもりはないようだった。
 それにしても、不思議な気分だ。いまの私の肉体はクローンのはずなのだが、それでも私は私だ。私自身はクローンじゃない。でも、それってどういうことなんだろう。「私」というものは姿や形じゃないんだろうか。目に見えない何か、なんだろうか。
「――お嬢様、どうかなされましたか?」
「あ、いえ。なんでもありません」
「よかった。そう聞いて安心しました。脳データの移植に何か問題があったのではないかと心配しました」
「とくに異常はないんですが、ちょっと気になることがあるんです」
 そう言って、私は男の顔に目をやった。
「なんでしょう?」
「私、殺されたときの記憶がないみたい。思い出そうとしても……何も思い出せない」
 初老の男は深く頷いて見せた。
「それは別に珍しいことではありませんよ。いや、むしろ当然のことです。逆に、死んだときの記憶を持っている方が珍しいくらいですから」
「そうなんですか……」
作品名:輪廻 作家名:水木 誠治