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花は咲いたか

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第四章 その一


五稜郭には、伝習歩兵隊がいた。この伝習というのは、かつての幕府がフランス顧問の直接指導によって編成した陸軍の精鋭部隊なのだが、錦の御旗の出現で大半が新政府軍に組み込まれてしまった。
早い話が賊軍と呼ばれるのを嫌って寝返った藩の藩士が多くいたという事だ。
だから、数はめっきり減った。
陸軍奉行の大鳥圭介が、江戸で伝習隊を編成した時は、1100名を数えたのだが。
残ったのは、江戸で募集に応じた博徒、やくざ、馬丁、火消し、遊び人。と、まあ寄せ集めのゴロつきだ。
だが、体は屈強で体力があり、錦の御旗の意味など知るか!と、いう連中だった。
体に彫り物を入れ、手に持ったサイコロをグリグリ鳴らし、爪楊枝をくわえながら銃を撃つ。そんな連中が五稜郭にいた。

うめ花はその午前に一室を与えられ、調練を行うことになったのだ。
Γ大丈夫かい?土方君、彼女に何かあったら、私が武蔵野の女将に殺されるよ」
と榎本のは言う。
Γ心配入りません、俺に考えがありますから」
そんな榎本の心配をよそに涼しい顔をしているのは土方一人だ。大鳥も、見た目より働く彼らの実力を認め、おおいに信頼を寄せていたが、それとこれとは話が違うような気がすると不安顔を覗かせていた。
調練初日。
大鳥の隣に立つ土方は、ざわめく隊士達を見ていた。
それはそうだろう、ひとくせふたくせある男達の中に突然、若く美しい娘がやって来て、銃の指導を行うというのだ。これは騒がなければ男じゃない。
Γただし、彼女に対して不埒な事をする奴は俺が斬り捨てる」
土方は隊士達に毅然といい放つ。そしてニヤリと笑うと、
Γ決して手を出すなよ、俺の女だ」
一瞬ピタリとざわめきは止み、えーっとか、なに―っと声が上がり列の後方からは口笛が吹かれた。
Γよっ、待ってました」などと囃され、隣でうめ花は真っ赤な顔で驚いている。
大鳥までもが小声で、
Γ土方君も隅に置けないねえ」
と妙に感心している。よし、とばかりに満足しているのは土方だけだ。
今日は砲術方から銃の構造の説明を受け、本格的な射撃訓練は明日から始まる。
五稜郭に部屋を用意してもらったうめ花は、市村鉄之助に荷物を運んでもらっていた。
Γ荷物はこれだけですか?あと何かわからない事をがあれば聞いてください」
土方の小性と名乗った少年は、人懐こい顔をしていた。
Γ僕はたいてい土方さんと一緒に隣にいますから」
と立てた親指で隣室を指した。
Γありがとうございます、隣ですね」
うめ花はふ~っと息をついた。
これから続けて調練のある日はここへ泊まり込むことになる。安心なことに、ここは伝習隊の隊士等の寝泊まりする兵舎ではなく、上級の指揮官や総裁らの宿舎のある棟らしかった。
それにしても(俺の女だ)なんて、何であんな事を言ったのか。まあ、指揮官がああ言った以上、私の身の安全は保障されたのかなとうめ花は思った。
Γちょっといいか」
部屋の入り口に土方が立っていた。
Γさっきはすまん、勝手にあんな嘘をついて。お前の許しを得てからとは思ったんだが」
Γいえ、あの嘘で私の身の安全が保障されたのですから」
あっさり切り返したが、土方の口から出た嘘という言葉に何か胸の奥がチクリと痛むのをうめ花は感じた。
考えてみると、(俺の女)とはどういう事をいうのだろう。
男から見て、想い人ということか、それともお互いが想いあう男女の関係か。
うめ花は両親なきあと、必然的に叔母の切り盛りする武蔵野へ預けられた。叔母はうめ花を自分の娘のように可愛がり、いつも美しい着物やドレスを着せて育ててくれた。
しかし、妓楼という商売柄、金の上に成り立つかりそめの愛。夜が明けると終わってしまう一夜の夢。妓たちの身の上を通りすぎていくだけの数限りない男達。
そんなものを毎日毎日見ながら育って来たのだ。
愛情というものをいつの間にか信じなくなった。
俺の女だと言われれば、都合の良い言葉だと割りきれる。
嘘だと言われれば、そんなものだとあきらめてしまう40婆のような若い娘が出来上がっていた。
だが、心の奥では父と母のような愛情を信じたかったのだろう。思春期には叔母のところを出て写真館で暮らしはじめていた。そして周囲からは嫁入り話なども出ていたが頑なに断り続け、気がつくと蝦夷は外国船や外国人が出入りし妓楼は大繁盛で、そんな話は消えていた。
そして話の上だけとはいえ、陸軍奉行並土方歳三の女だ。
それが、おかしなことに、まわりからそう思われることに嫌な気持ちではないことに気づいた。
背丈は程よく高く、スラリと長靴を履き、軍服を着こなす。その土方が意外にも外見だけの男ではない事をうめ花を知っている。

夜になってもうひとつ知った事がある。
うめ花の部屋は土方の続き部屋だった。小性の鉄之助が使っていた場所を空けてくれたのだ。
(では、鉄之助さんは土方さんとご一緒に?)と言うと
Γ男同士で一緒に寝るわけないだろう」
と土方に一笑された。
続き部屋という構造上、一枚の扉を隔てて土方がいる。
目が冴えてどうしてもあの扉に目がいってしまう。慣れない寝台の上でゴロゴロと寝返りを打っていたが、昼間の疲れが出たのかやがて前後不覚にも眠りに引き込まれて行った。

射撃訓練は構えから始まった。
まずうめ花が構えを見せる。ここで利き目というのが構えを決める。
Γ皆さん、両腕をまっすぐ前へ、そして指で輪っかを作り輪っかから両目で前方の的を覗いてください、見えましたか」
Γ見えた~」Γおう、見えた!」などと口々に言いながら騒がしい騒がしい。
Γ次に片目をつぶって的が真ん中に見えたら利き目、はずれたらつぶった目が利き目です。はい、土方さんも大鳥さんもやってみてください」
土方と大鳥は顔を見合わせたが、両腕を伸ばす。
Γ利き目と利き手は一致しましたか?」
これはだいたいの人は一致するのだが、なかには一致しない者もいる。
Γ俺は一致しない」
土方は首を傾げている。
Γ土方君はヘソ曲がりなんじゃないか?僕は一致だ」
と大鳥が胸を張る。
Γ指揮官の方々もピストルを撃つ時には的は両目で見てください。皆さんも両目で標的を見るようにしないと戦場では役に立ちませんから」
Γなぜだね、うめ花君。隊士達は片目で撃つ者が多いと思うがな」
Γだから命中率が低いんです」
Γ命中率が低いままでは、弾がいくらあっても足りませんし、自分が命中させる前に相手に撃たれます」
うめ花は事前に、土方から弾には限りがあること。命中率をあげる事と注文を受けていた。
まあ、たかが利き目を探すくらいでここまで隊士達の関心を引くなどこれまでにあったろうか。指の輪っかに的が入るのずれたのと大騒ぎである。ついでに大鳥までもが、この利き目探しに虜になっている。
Γ不思議だ、実に不思議だ」
と興奮したままだ。
これで戦が控えてイナキャ、平和なんだがなと土方は思う。
Γ次に構えです」
うめ花が構え、その通りになっていないと全員を回って一人一人の構えを直接手を添え直していく。後ろから背中越しに隊士の体に手を回して、後ろから抱きついているのと同じだった。
作品名:花は咲いたか 作家名:伽羅