光と陰、そして立方体
青の裏は白、緑の裏は黄色
今日は大学の講義に出なければならなかったので、織恵は一週間ぶりに大学に行った。といっても出席を取るだけのそれで、講義の間ずっと会社のエントリーシートや履歴書を書いたりで、結局講義はほとんど聞いてなかった。罪悪感なんてない、周りを見ても大概同じで、ケータイをいじったり、漫画を読んでいる者も散見された。
それからサークルの溜まり場に顔を出して、友達の就職戦線の状況や後輩たちの活動状況などを交換しながらみんなでダベる。学部や学科関係無しに集まるので、得られる情報は多い。
「今度の合宿どこへ行く?」
「来週合コンするけどどう?」
「あの講義代返してくれよ、メシ奢るから……」
つい先日まではワイワイ楽しんでいた毎日だったが、4回生にもなると授業のコマ数も減り、会社回りが日常になってきた今日では、サークルの緩い雰囲気が限りあるものと実感すると、それがいとおしくなってきた。
「織恵、最近元気ないね。彼氏と上手くいってへんの?」
同じくリクルートスーツの彩乃が声を掛けてきた。彼女とはゼミも同じで、大学に入って初めて出来た親友だ。
「うん……、就職含めどれも上手く行ってないね」
「そう、景気付けにパーっと行く?」
「明日はSPI(適性検査)あるんだ、ごめんね」
いつもならこのノリで食事に行って、さらにダベりに行くところだが、織恵は足早にキャンパスを後にした。見えない何かに追いかけられているような危機感と迫り来る将来の現実が、彼女の余裕を失わせる。
電車に揺られ、駅からの帰り道。相変わらず同じ風景だ。学校を出たときは曇り空だったのが、電車を降りると雨が降ってきた。
「あ、もう最低――」
織恵は鞄の中を確認したが、いつも入れていた傘がない。そういえば芳樹が帰っていく時に勝手に持って行った事を思い出した。
「……まあ、このくらいの雨なら」
織恵は即座に雨の強さ、家までの距離と屋根のある場所、そして今の服装と靴を計算し、弾き出した回答は「走って帰宅せよ」だった。
織恵は意を決して駅を飛び出した。いつものコンビニ、いつもの魚屋、予想通りのペースで走り続ける。いつもの公園に差し掛かる直前、雨足はさらに強くなってきた。予想外の展開に織恵は、想定ルートを変えて公園の東屋に緊急避難することにした。
作品名:光と陰、そして立方体 作家名:八馬八朔