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光と陰、そして立方体

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 織恵は自宅マンションの鍵穴に鍵を差す、
「あれっ?」
鍵を掛けたはずなのに開いている。慌てて玄関の扉を開けると、彼氏である芳樹が先に家に来ていた。
「あら、早かったのね。オーディションは?」
「ダメだ。あれは俺のキャラじゃない」 
「また選り好みしてるの?」
 役者志望の芳樹は織恵より一つ年下の21歳。二浪して織恵よりも1ランクも2ランクも低い大学に入学、それもロクに通っていない。出会いは今から半年前、あるサークルを通じて織恵が彼の持つ大きな野望とそれを現実のものへと出来そうな見た目に惚れたことから交際が始まったものであるが、日頃の様子を見ているとその野望が徐々に口だけであるのがわかり、少しウンザリしている。
 芳樹は今日もドラマのオーディションを受けに行った筈だが、相手を罵って早々に戻って来ている。こんな彼氏ではあるが関係を切るには勿体なく、直接強いことを言うのは苦手な織恵はこうしてズルズル来ている自分を責めた――。

「ねえねえ、ちょっと聞いてよ」
「はぁ?」 
 織恵の最初の一言で機嫌を損ねた芳樹は嫌々返事をし、駄々っ子のように床に転がってテレビを見ている。
「毎日通る公園に、ずーっとルービック・キューブで遊んでる小学生がいるのよ。私の中では勝手に『キューブ少年』って名前付けたんだけどね」
「そんな20世紀のガラクタ、何が楽しいんやろ?」
 芳樹はそれがどうしたといった様子で、全然聞く耳を持たない様子で袋菓子をむさぼりながらテレビを見ていた。
「それがね、その子は飽きもせずにずっとやってるのよ。完成したのを見たことないけど」
「それが?」 
「あそこまで一生懸命やったら何かやってのけそうな気がしてさ、密かに応援してるんよ……」
 織恵は思った事を思ったままに言ったのだが、さっきまで背中を向けていた芳樹の手が止まった。 
「俺が一生懸命やってないって言いたいのか?」
「私そんな事ひと言も言ってないでしょ」
芳樹が急に立ち上がると、テーブルの袋菓子が暴れだし、床の上に散り散りになった。
「織恵だって会社の文句ばっかり言うてるやんか、人の事言える立場かっての」
織恵は芳樹のスイッチを押してしまったようで、芳樹は火が付いたように怒りだした。いつもの逆ギレ、織恵は付き合い出してから今までの半分以上の期間を彼のこうした気性の変化に悩まされていた。
「あー気分悪い。俺帰るわ」

 バタン!

 マンション中にドアを閉める音が響き渡った。
幸いここの住民は大学生が多く、日頃から騒ぎが起こることがあるので、近所迷惑だと謗りを受ける事はないが、それでも気持ちの良いものではない。
「何のために付き合ってるんだろ?私」
 織恵は芳樹が食い散らかした跡を片付けながら日頃のやるせなさを自問自答しては反省した――。



作品名:光と陰、そして立方体 作家名:八馬八朔