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花は咲いたか

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第三章

蝦夷にも新しい年が来た。慶応五年、これは幻の年号で正式には明治二年である。
市中に配備された新選組は台場にいた。この中に京にいた頃からの隊士が何人かいて、島田魁という体の大きい男がいる。この隊士は京にいた時は諸士調役兼監察方をしていた。
島田の報告は、図体の割りに似合わず詳細なものだった。
まず、うめ花の父が流行り病で死んだ。父の死後、うめ花の母を力ずくで手にいれようとした男がいて、何らかの事件か事故かうめ花の母も死んでしまった。
そのあたりの事情が何なのか誰にもわからず、詳しいことを知っているのは祖父の勝太郎だけらしかった。
Γあ、その男というのが虎吉と言って猟師仲間じゃ鼻つまみ者だそうです」
(あの男か...)
と土方は思ったが、島田にその先を促した。
Γで、うめ花という娘さんには、猟を続けるなら馬でやってくれと勝太郎さんが上等の馬を買い与えたそうです」
うめ花があまりにも母親とそっくりなので、虎吉から守るためだ。そして最新式の銃も与えた。スペンサー銃は連射が可能で性能も抜群だった。
Γそれで馬が銃の音に驚かないように、手綱を持たなくても意のままに操れるように人知れず血の滲む努力をしたそうです」

Γそうか、や、ありがとう。さすが、新選組の監察だ、よく調べてくれたな」
礼を言われた島田はかえって困ったような顔をしている。
こんな程度で、お役に立てず申し訳ありません」
Γいや、ただその、この娘については、ちょっとな。別に不審な点があるわけじゃないんだ」
島田の大きな肩にトンと手をつき、
Γ邪魔をした」
と去っていく。そのうしろ姿を見送りながら、島田は首を傾げて呟いた。
Γおかしい、絶対おかしい!」
大きな図体で、がッと振り返ると近くを通りかかった尾関に問いかける。
Γ尾関っ、副長が女性のことで調べろなんてこと今まであったか?」
いきなりの島田の剣幕にも尾関は淡々と、
Γさあ、副長はそんなことしなくても女性にモテましたから」
Γだよなぁ、それも遊郭あたりの綺麗どころじゃなくて普通の女性だ。おまけに女だてらに猟師だっていうから...」
Γあっ、おい尾関」
島田の一人言など誰も聞いておらず、やがて正月七草の夕暮れが台場の海をだいだい色に染めていった。

軍備が旧式の旧幕軍は、刀や槍で戦に臨んだ。幕府にも軍艦や大砲はあったが、薩摩のそれとは比べものにならない。江戸から遠く離れた地の利を活かして、昔から諸外国との密貿易で武器を調達できていたのだ。
新式の銃から発射される鉄の弾に、刀と槍でわぁ―ッと突撃して成果と呼べるのは勇気だけだろう。
榎本総裁もそこはわかっていて、開陽丸を失った穴埋めをまず陸軍の武器の強化から手を打つことにした。命中率と扱いやすさから、スペンサー銃を手にいれた。
Γ土方君、箱館という所は凄いよ、外国商船のおかげで新式の銃がすぐに手に入った」
肘かけ椅子を揺らしながら口ひげを撫でている。
榎本はそれだけで満足しているようだが、どんな新式の銃でも撃てなきゃ意味がない。
Γすぐに調練に移りたいのですが、フランス軍に教授できる者がいますか?」
Γあ、あぁ聞いておこう」
土方は頭を抱えた。これじゃあ豚に真珠だ。
春になれば新政府軍は海を渡る。その時に不様な戦はしたくない。一刻も早い調練を必要としているのに、それが出来ないとは...。
Γ土方君」
総裁の部屋を出た土方を大鳥が呼び止めた。
Γ新式銃は砲学を学んだ者なら、撃ち方を教えられると思うがどうかね?」
Γいや、銃の能書きなんぞ教えてもらっても撃てるようにはならんでしょう」
こいつも榎本総裁と同じ頭の構造か...。もう一度頭を振った時、
Γそうだ!」
今、出てきたばかりの総裁のもとへ再び駆け込んだ。
Γ榎本さん!適任者がいます。スペンサー銃を扱う凄腕がッ」
Γ誰だいそりゃ」
意気込んで説明をする土方に
Γありゃあ武蔵野の女将の姪だろう?う~ん、女将が何と言うかな」
と乗り気がない。
Γ女将を口説き落とすのは榎本さんにお任せしますよ、俺は本人を説得する」
土方は自分の名案に心が完全に浮き立っていた。今すぐ写真館に飛んで行きたい気持ちを無理やり押さえた。
榎本総裁は武蔵野の女将とは懇意の仲だった。ならば、ここは榎本の顔を立てたほうが良いに決まっていた。
それに、うめ花のあの目。今のままではとても隊士達から信頼を得られるとは思えなかった。
(なんとかせねば)
土方は焦っている自分の気持ちに問いかけてみた。
(陸軍のためだけか、かつての自分と同じ目をしたあいつのためか...)

それから三日後。
土方が写真館に出向くと、案の定うめ花はいなかった。
Γ帰ってくる頃にまた出直してみるか。猟ですか?」
土方の問いかけに勝太郎は寂しそうに首を振る。
Γあの娘はここのところ何かにとりつかれたように毎日猟に出掛けます。ですが、獲物を捕ってこんのです。あの娘はおそらく復讐をしようとしているのだと思います」
しまった!心の中で舌打ちをした土方は、勝太郎に迫った。
先日の出来事がうめ花の復讐心を煽ってしまったのは明白だった。あの時、手を打つべきだったと。
Γ今日はどの辺りに行ったかわかりますか?」
再び勝太郎は首を振るが、
Γあの娘の行くところ、必ず虎吉がいるはず」
勝太郎の言葉をしまいまで聞かず土方は馬に飛び乗った。
頭の中はぐるぐると色々な場面が浮かんでいる。銃を構えたうめ花。その先でニタリと笑う虎吉の下卑た目。そんな光景を振り払うように大声を上げた。
Γ島田―ッ」
元町からすぐの台場へ立ち寄り、元監察の島田を呼んだ。
昼の握り飯を手に飛び出して来た島田は、そのまま虎吉の行方を探しに走り、土方もその後を追った。

うめ花を山の麓で発見したとき、銃口を遠くの藪の向こうで見え隠れする影に向けていた。スペンサー銃は火縄銃と違って匂いがない。狙撃するにはもってこいだが。
近づく馬の音にうめ花は銃口をわずかに降ろし、こちらを振り返った。
Γいくらお前の腕でも、ここからでは障害物がありすぎではないか?」
呆気にとられているうめ花の銃身を左手でそっと降ろした。
Γなぜ、ここに...?」
Γともかく、ここから離れるぞ」
夕霧の手綱を土方が引き、馬首の向きを変えさせる。土方の有無を言わさぬ態度に、うめ花は逆らうことができず無言のまま従った。
Γ島田、後を...」
島田は目で返事をして、茂みの中でしゃがみ込んだ。
ここでうめ花が虎吉を狙ったいたことが、気づかれているかどうか確かめなくてはならない。何かしら事が起こった後に、こうして後始末をするのも監察の得意分野だった。
Γあ、あの人は...?」
うめ花が振り返りながら島田を気にする。
Γやっと頭に上った血が下がったか?島田は大丈夫だ」
山から出て、湾の臨める場所までうめ花と夕霧を導いて来た土方は、うめ花を促し傍らに腰を降ろした。
並んで腰をおろし、湾を眺めると波が白く立ち軍艦や外国商船を揺りかごのように揺らしている。今日は風もなく陽の光が穏やかに丘を包んでいた。
作品名:花は咲いたか 作家名:伽羅