言い訳したい恋
序章
腹の前で両手を結ぶと、視線を落として次に言うべき言葉を用意する。
「ありがとうございました」
頭を下げることもなく、相手の目を見ることもなく、ただ、そう言った。
どんなに不誠実でも、正さなくていい。期待なんてされていない。
機械のように同じことを繰り返すだけで、今やるべきことを満たせる。
生きるだけのお金が貰える。
そんなことを考えている接客態度が気に入らなかったのか、元々そういう奴な
のか、タバコと缶コーヒーが欲しいお客様は小銭を放り投げて出ていった。
散らばったコインを拾い集めてレジに収めると、四時にもならないというのに
明るくなり始めた外に目を向ける。
無駄と思える広いコンビニの駐車場には、ほんの少し歩けばごみ箱に入ってい
たはずのゴミがあるだけで、車は一台も停まっていない。
必要以上に明るくした照明に釣られて、店の透明な壁にはどこを見ても小さな
羽虫や蛾がこびりついていた。
そんなところにいても、誰かから餌がもらえるわけでも、命が増えるわけでも
ないのに、強い光の中で死ぬまでの間に何を思うのだろう。
人間がとても及ばない、神という存在があるとしたら、今そう思ったように、
憐れむことも、蔑むこともなく、人間の存在を疑問に思うかもしれない。
くだらない、と自分をたしなめて、開けっ放しにされた入り口のドアを閉める。
目の前を羽虫が通り過ぎていくのを見て、思わず舌打ちをする。
些細な事にも苛立ってしまう。
ため息に音を付けて吐くと、腰を落として途中になっていた検品の作業を再開
する。
山積みになっている商品を一つひとつ手に取って、バーコードリーダで読み取
っていく。
この単純な作業がどうしても非効率的に思えて、一向に捗らない。
黙々と同じ動作を繰り返していると、バーコードを読み取るたびにピッと鳴る
音が、どこかで聞いたことがあるような気がした。
大分昔のことだったような、懐かしい思い。何気なく記憶を読み出そうとした。
すぐに黒いものが浮かぶ嫌な感覚がして、払い落すように立ち上がる。
噴き出してきた冷たい汗を、ザラザラしたペーパータオルで拭き取る。
いつまでこんな所にいるんだろう。
何度となく考えた答えのない問題に、また責められる。
時間が流れることに任せるだけでは、到底解決しそうにもなかった。