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Stoner 〜前世紀428年・プノイサンの乱〜

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「坊主、『塊』の本当の力も知らずに友達を殺したのか?」
老人の表情が一変した。口調も好々爺から尋問官へと変わっていた。その表情には、カーチスへの賛美も憐憫の情も感じられなかった。それを読み取ったカーチスの背筋が伸びる。
「父さ‥父から、人間に触らせるなとは、聞かされてました‥。」
「そうか‥知っていて殺した、と‥。」
老人の表情は変わらないまま、口だけが動いていた。
「でっ、でもっ! あんな風に死んじゃうなんてっ‥嘘かもと思って試しに‥
「黙らっしゃい!」
牢の檻がビリビリと震える程の怒号だった。とても目の前の老人が放った声とは誰も信じられなかった。
「その程度の気持ちで、バビロニア王国の! ソロモン王のっ!未来の力を殺したというのか、このうつけ者がっ!」
その言を聞いたカーチスは自分が殺人を犯した罪人である事を自覚した。いつの間にかカーチスの両の眼から涙が溢れていた。
「ごめんなさい、ごめんなさい‥。」
カーチスが己の罪を自覚し、初めて口にした贖罪の言葉。
「うむ‥儂はその心からの声を聞きに来たんじゃ。」
老人の表情が緩む。カーチスは何が起きたのか、自分の声が何だったのか、知る由もなかった。
「どうじゃ、その力、殺した友人の代わりにソロモン王の為に使う気はないかの?」
老人の言葉の意味も解らぬまま、カーチスは檻を掴んで老人に問いただした。
「それで、そうすれば、アイツの為になるの⁉︎」
老人が慈愛に溢れた笑顔で応える。
「あぁ、それが坊主に残された道じゃよ。」
檻を掴んでいた両手に力がみなぎっていく。
「それなら‥俺を使ってください。ソロモン王の為に‥アイツの為に‥」
「ならば、行こう。儂と共に。おぉ、儂の名はドゥーイじゃ。坊主の名は?」
「俺の名前は‥

「カーチス! 右前方に不審者よ!」
アイリーンの声で回想から帰ってきたカーチスの左眼の色が変わる。屍鬼(グール)が焼け残った妊婦の腹に喰い付いていた。顔の半分は妊婦の腹の中に埋もれている。
「やらせるかよっ!」
カーチスが咄嗟に短剣を屍鬼目掛けて投げた。短剣は鋭く回転しながら屍鬼の腹を刳りながら貫いた。カーチスが使っている短剣は両刃の剣だが、刃がノコギリ状になっている。人間がこれを投げても刺さる事はあっても、物を貫く事はできない。竜騎士であるカーチスの腕力あっての為せる技だ。
腹を刳られた屍鬼は胎児を咥えたまま絶命した。胎児の腹部には屍鬼の牙が食い込んでいた。
「アイリーン! 俺はまだ視力が回復し切ってねぇ!テレパスで屍鬼の位置を教えてくれ!」
「うん、分かったわ!」
アイリーンはマグネタイト(磁鉄鉱)のストーナーだ。その能力は『感知』。任意の範囲の生物を識別できるレーダーの様な能力を開放することができる。カーチスが『塊』を探している時は『塊』以外の物は見えないので、そのレーダー網を張り巡らしてカーチスの目となっているのだ。
胎児の匂いに釣られて屍鬼が寄って来るかもしれない‥。カーチスの勘は的中した。カーチスの脳にダイレクトに映像が飛び込んでくる。振り向き様に短剣を二本投げる。二匹の屍鬼の眉間に命中した! 血と脳髄を吹き出しながら地に落ちる屍鬼には目にもくれず、矢継ぎ早に短剣を投げていく。屍の山の周りに屍鬼の血と臓物が飛び散っていく。この時カーチスは、視覚に頼ったりはしていない。アイリーンから送られてくる視覚情報を読み取っているだけだ。こうして敵との距離を取りながら戦うのが、カーチスとアイリーンの戦闘法だ。
カーチスの短剣が残り二本になった時点で、カーチスの視力も回復してきた。周囲には屍鬼の死体が転がり、屍の山は赤く染まっていた。アイリーンが居ない事に気付いたカーチスが周囲に目を凝らすと、胎児を抱えていたアイリーンを見付けた。アイリーンの瞳に光るものが見えた時に、掛ける言葉を失い、ただ俯く事しかできない自分に腹立たしさを覚えるカーチスだった。

アイリーンが南の方角に目を向けた。灯りが四つ、真夜中の闇にたゆたっている。素早く短剣を構えるカーチス。

どうする‥。アイリーンは武器を持って来てないはず‥。残りの短剣で二人、あとは格闘戦で極めるしかない‥。
「待って! 敵じゃないみたいよ‥。」
灯りの向こうから微かに見える胴当ての紋章‥バビロニア王国の騎士団、ガード騎士団だ! 思わぬ援軍に安堵の息を漏らした二人だった。ガード騎士団の四人は、月明かりに見える惨状に息を飲んだ。それを見たアイリーンは抱えていた胎児を先頭の騎士に突き付けた。
「うわぁぁっ!」
胎児を突き付けられた騎士はもんどり打って倒れた。
「ふん、自分達の戦果にビビってんじゃないわよ。」
「止めろ、アイリーン。」
カーチスがアイリーンの肩を掴んで制した。
「あの‥我々はここで『塊』の回収を命令された者ですが‥『塊』は‥?」
「あぁ。 あの辺にまとまっている石やら武器がそうだ。んじゃあ、後始末は頼んだぜ。」
そう言ってカーチスの親指が指したのは、屍鬼の臓物が転がる場所だった。
もんどり打った騎士が起き上がり、カーチスに詰め寄って行く。
「貴公の所属と名を伺いたい! 場合によっては‥。」
騎士が剣を左手に持った。
「まぁ、そういきがるな。ウチのストーナーのした事は大人気なかったがな。」
そう言ってカーチスは立ち去ろうとした。後ろからアイリーンが付いて行く。
「貴様ぁっ!」
そう騎士が叫んだ瞬間、騎士の鼻先にはカーチスの短剣が届いていた。
「俺はバビロニア王国・宮廷騎士団、クルセイド・ドラグナーズのレイ=カーチスだ。その面ァ覚えといてやるぜ?」

そう言い残すと、純白に真紅の楔十字の紋章が入ったマントを翻して南へと立ち去って行った。