Stoner 〜前世紀428年・プノイサンの乱〜
An(前世紀の略号) 1428年、前年に発生したバビロニア王国領・スーグェイ山の大規模噴火に乗じて、隣国のナガール王国の軍部強硬派が武装蜂起。バビロニア王国の国境付近都市であるプノイサンを占拠した。バビロニア王国のガード騎士団によって、翌年までにプノイサン暫定政府は壊滅したが残党が近隣の村々を襲撃しながら敗走した為、当初の作戦立案時よりも多数の被害を出してしまった。
「オエェッ! この臭いにはいつまで経っても慣れねぇなぁ‥。」
プノイサンから5kmほど離れた大きな畑。そこにうず高く積まれた異臭を放つ山。この男が来る前に焼かれたのか、頂上付近には煙が燻っている。男は遠巻きからぐるりとこの山を見据える。月光が差し込むと、それは人の腕や脚、頭髪がちりちりになった頭部‥。戦死者を焼いたもの。それがこの山の正体だった。鎧を着た兵士の中には、子供や市民の姿も見られた。
「しっかし‥ナガールの残党も容赦無しだな‥。」
兵士だったと思しき骸の前にしゃがみ込みながら、男が呟いた。
「老若男女、市民も兵士も皆殺しかねぇ‥。」
兵士の骸を小突きながら、男は溜息をついた。
「アイリーン! 遅いぞ!」
男の後方10m辺りに女が立っていた。いや、人間業を超えた走力で走って来て、そこに立っているといった方がいいか。
「私はヒールなんですよぉ! もぅ、マスターが『今日はプノイサンだ』って言うから、おめかしして来ちゃったじゃないですか‥。」
その女の出で立ちは、その場に似つかわしくない程に豪華だった。月光にきらめく髪飾り。銀狐の襟巻きとタイトなレザーコート。その下のコルセットに包まれた腰は、驚くほど細い。
「敵の動きが予想より早かった。‥俺がもう少し早く到着していれば‥。」
「‥私はちゃーんと、出立時刻よりも早く準備は出来てましてよ。」
「アイリーン、お前を責めるつもりはないよ。」
男が立ち上がる。
「早速仕事を始めるぞ。 アイリーン、半径10mに『網』を張れ。」
「Yes、マスター!」
アイリーンと呼ばれている女が大きく腕を回すと髪飾りが輝き出した。腕を腰の辺りまで振り下ろすと、キーンという金属音と共に光の輪が広がっていった。その距離、およそ半径10m。光の輪が出現した事を確認した男は、左眼に手を当ててゆっくりと深呼吸を始めた。右眼を閉じて左眼だけを開く。するとそれまで黒かった男の眼が金色に輝いていた。その視界には、小さな小石や兵士の盾などが左眼に呼応する様に輝いていた。
「敵さんも急いでいた様だな。『塊』がだいぶ残ってるな。」
男は骸の山に近付いて行き、輝いている小石や盾、剣や鏃を一つ一つ骸から奪っていった。
「ねぇ〜、マスター? いつも思うんですけどね〜?」
アイリーンが退屈そうに男に声を掛けた。
「『塊』って、そんなに大事な物なんですか、それ?」
「だから、こんな戦泥棒じみた事してんだろ。」
「でも、そのおかげでマスターは『墓掘りカーチス』なんて呼ばれて‥。」
男は骸の山に足をかけて屍体をを引っ張り出しながら、アイリーンの言葉の続きを聞こうとしていた。
生温かい南風が二人の間を吹き抜けて行く。
「解ってる。 お前にも肩身の狭い思いをさせちまって‥。」
カーチスの引き摺り出した屍体の腕がちぎれた。手首には輝く腕輪があった。
「でもな、こいつ等『塊』は神々が天に昇天した時にその力を石に残して‥」
アイリーンがカーチスの話を遮って話し出す。
「特殊な力を発揮するんだけど、竜騎士にしか使いこなせないんでしょ?」
カーチスが溜息をつく。
「‥そうだ。人間の手に触れると、そいつは発狂しちまう。だから、人間が塊を見つける前に俺が見つけ出す。」
ちぎれた手首から腕輪を抜き取りながら、何かに誓う様に言い放った。
「その左眼でね。」
アイリーンが微笑む。カーチスは少し照れた様子で再び屍の山と対峙した。カーチスの能力~『塊』を見つけ出す左眼~は、自ら望んで手に入れたものではなかった。『塊』を精錬する『精錬師』の一族に生まれたカーチスは、子供の頃に一人で精練所に忍び込み遊んでいた時に、飛び散った『塊』の欠片が左眼に飛び込んできて眼球を火傷してしまった。以来、左眼の視力は殆ど失われたが『塊』に反応する様に輝いて見える様になったのだ。それからのカーチスは荒んだ少年期を過ごす。騎士を目指す契機は突然訪れた。ほんの悪戯心で悪友に『塊』を持たせてしまったのだ。もちろん、カーチスはそれが『塊』と知っていた。知っていて、発狂する姿が見たかった。それだけだった。始めは頭を抱えて呻き声を挙げる悪友を嗤っていた。やがて彼の様子が変わっていく。呼吸は落ち着いてきたが、全身の血管が浮き出して、眼球が飛び出してきたのだ。前頭部は大きく膨れ上がり、全身を大きく震わせてくると、一緒に嗤っていた友達は怯えて逃げ出した。更に悪友は容態を悪化させる。吐血・血涙・血便。悪友がぎょろりとした眼球でカーチスを睨み付ける。カーチスは目をそらそうとしたが、それを悪友の視線が許さなかった。そして、その視線はカーチスをその場から逃げ出す事も許さなかった。やがて悪友は断末魔の雄叫びを上げて頭から血を吹き出しながら絶命した。
すぐに大人達が駆け付け、カーチスは捕縛され牢に入れられた。カーチスは自分がした事、自分が見た事、そしてこの牢に居る事の意味が解らなかった。まさに茫然自失。食事にも手を出せずにいた。
俺が何をした?
俺は何を見た?
俺が居るのはどこだ?
不意に足音が聞こえた。話し声も聞こえる。数人の大人達が牢をランプで照らし出した。カーチスは怯える様に顔を隠した。大人達の中心に立つ老人が、興味深そうにカーチスを見つめていた。
「フォフォ‥。そうか、そうか、この坊主があの様な所業を‥。」
この時にカーチスは気付いた。この老人は物見遊山や興味本位で俺を見に来たんじゃない。俺を品定めに来たんだ! 恐らくは奴隷商人なのだろう。それとも盗賊団‥? 新しい思考がカーチスの脳裏を駆け巡る。
「どれ‥ひとつ試してみるかの‥。」
老人は懐から小石を二つ出して、それぞれ左右の掌に乗せた。
「ほれ、どちらが『塊』か、当ててみせい。」
一瞬の逡巡。
迷い。
どちらにしても状況を変えるには、選択肢は無いと半ば諦めにも似た答えしか導き出せなかった。
カーチスは右眼を手で塞ぎ、大きく深呼吸する。すると左眼が金色に輝き出した。と、すぐに瞳の色は元に戻った。驚愕する大人達。中には腰を抜かす輩もいた。老人は顔色一つ変えずにカーチスを見つめ続けていた。
「左手です。」
カーチスが言い放つと同時に、左手の小石は光の矢となってカーチスの頬をかすめて行った。
「陽の『塊』、弩(ど)じゃよ。」
老人が笑いながら呟いた。
「オエェッ! この臭いにはいつまで経っても慣れねぇなぁ‥。」
プノイサンから5kmほど離れた大きな畑。そこにうず高く積まれた異臭を放つ山。この男が来る前に焼かれたのか、頂上付近には煙が燻っている。男は遠巻きからぐるりとこの山を見据える。月光が差し込むと、それは人の腕や脚、頭髪がちりちりになった頭部‥。戦死者を焼いたもの。それがこの山の正体だった。鎧を着た兵士の中には、子供や市民の姿も見られた。
「しっかし‥ナガールの残党も容赦無しだな‥。」
兵士だったと思しき骸の前にしゃがみ込みながら、男が呟いた。
「老若男女、市民も兵士も皆殺しかねぇ‥。」
兵士の骸を小突きながら、男は溜息をついた。
「アイリーン! 遅いぞ!」
男の後方10m辺りに女が立っていた。いや、人間業を超えた走力で走って来て、そこに立っているといった方がいいか。
「私はヒールなんですよぉ! もぅ、マスターが『今日はプノイサンだ』って言うから、おめかしして来ちゃったじゃないですか‥。」
その女の出で立ちは、その場に似つかわしくない程に豪華だった。月光にきらめく髪飾り。銀狐の襟巻きとタイトなレザーコート。その下のコルセットに包まれた腰は、驚くほど細い。
「敵の動きが予想より早かった。‥俺がもう少し早く到着していれば‥。」
「‥私はちゃーんと、出立時刻よりも早く準備は出来てましてよ。」
「アイリーン、お前を責めるつもりはないよ。」
男が立ち上がる。
「早速仕事を始めるぞ。 アイリーン、半径10mに『網』を張れ。」
「Yes、マスター!」
アイリーンと呼ばれている女が大きく腕を回すと髪飾りが輝き出した。腕を腰の辺りまで振り下ろすと、キーンという金属音と共に光の輪が広がっていった。その距離、およそ半径10m。光の輪が出現した事を確認した男は、左眼に手を当ててゆっくりと深呼吸を始めた。右眼を閉じて左眼だけを開く。するとそれまで黒かった男の眼が金色に輝いていた。その視界には、小さな小石や兵士の盾などが左眼に呼応する様に輝いていた。
「敵さんも急いでいた様だな。『塊』がだいぶ残ってるな。」
男は骸の山に近付いて行き、輝いている小石や盾、剣や鏃を一つ一つ骸から奪っていった。
「ねぇ〜、マスター? いつも思うんですけどね〜?」
アイリーンが退屈そうに男に声を掛けた。
「『塊』って、そんなに大事な物なんですか、それ?」
「だから、こんな戦泥棒じみた事してんだろ。」
「でも、そのおかげでマスターは『墓掘りカーチス』なんて呼ばれて‥。」
男は骸の山に足をかけて屍体をを引っ張り出しながら、アイリーンの言葉の続きを聞こうとしていた。
生温かい南風が二人の間を吹き抜けて行く。
「解ってる。 お前にも肩身の狭い思いをさせちまって‥。」
カーチスの引き摺り出した屍体の腕がちぎれた。手首には輝く腕輪があった。
「でもな、こいつ等『塊』は神々が天に昇天した時にその力を石に残して‥」
アイリーンがカーチスの話を遮って話し出す。
「特殊な力を発揮するんだけど、竜騎士にしか使いこなせないんでしょ?」
カーチスが溜息をつく。
「‥そうだ。人間の手に触れると、そいつは発狂しちまう。だから、人間が塊を見つける前に俺が見つけ出す。」
ちぎれた手首から腕輪を抜き取りながら、何かに誓う様に言い放った。
「その左眼でね。」
アイリーンが微笑む。カーチスは少し照れた様子で再び屍の山と対峙した。カーチスの能力~『塊』を見つけ出す左眼~は、自ら望んで手に入れたものではなかった。『塊』を精錬する『精錬師』の一族に生まれたカーチスは、子供の頃に一人で精練所に忍び込み遊んでいた時に、飛び散った『塊』の欠片が左眼に飛び込んできて眼球を火傷してしまった。以来、左眼の視力は殆ど失われたが『塊』に反応する様に輝いて見える様になったのだ。それからのカーチスは荒んだ少年期を過ごす。騎士を目指す契機は突然訪れた。ほんの悪戯心で悪友に『塊』を持たせてしまったのだ。もちろん、カーチスはそれが『塊』と知っていた。知っていて、発狂する姿が見たかった。それだけだった。始めは頭を抱えて呻き声を挙げる悪友を嗤っていた。やがて彼の様子が変わっていく。呼吸は落ち着いてきたが、全身の血管が浮き出して、眼球が飛び出してきたのだ。前頭部は大きく膨れ上がり、全身を大きく震わせてくると、一緒に嗤っていた友達は怯えて逃げ出した。更に悪友は容態を悪化させる。吐血・血涙・血便。悪友がぎょろりとした眼球でカーチスを睨み付ける。カーチスは目をそらそうとしたが、それを悪友の視線が許さなかった。そして、その視線はカーチスをその場から逃げ出す事も許さなかった。やがて悪友は断末魔の雄叫びを上げて頭から血を吹き出しながら絶命した。
すぐに大人達が駆け付け、カーチスは捕縛され牢に入れられた。カーチスは自分がした事、自分が見た事、そしてこの牢に居る事の意味が解らなかった。まさに茫然自失。食事にも手を出せずにいた。
俺が何をした?
俺は何を見た?
俺が居るのはどこだ?
不意に足音が聞こえた。話し声も聞こえる。数人の大人達が牢をランプで照らし出した。カーチスは怯える様に顔を隠した。大人達の中心に立つ老人が、興味深そうにカーチスを見つめていた。
「フォフォ‥。そうか、そうか、この坊主があの様な所業を‥。」
この時にカーチスは気付いた。この老人は物見遊山や興味本位で俺を見に来たんじゃない。俺を品定めに来たんだ! 恐らくは奴隷商人なのだろう。それとも盗賊団‥? 新しい思考がカーチスの脳裏を駆け巡る。
「どれ‥ひとつ試してみるかの‥。」
老人は懐から小石を二つ出して、それぞれ左右の掌に乗せた。
「ほれ、どちらが『塊』か、当ててみせい。」
一瞬の逡巡。
迷い。
どちらにしても状況を変えるには、選択肢は無いと半ば諦めにも似た答えしか導き出せなかった。
カーチスは右眼を手で塞ぎ、大きく深呼吸する。すると左眼が金色に輝き出した。と、すぐに瞳の色は元に戻った。驚愕する大人達。中には腰を抜かす輩もいた。老人は顔色一つ変えずにカーチスを見つめ続けていた。
「左手です。」
カーチスが言い放つと同時に、左手の小石は光の矢となってカーチスの頬をかすめて行った。
「陽の『塊』、弩(ど)じゃよ。」
老人が笑いながら呟いた。
作品名:Stoner 〜前世紀428年・プノイサンの乱〜 作家名:hr3284