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愛き夜魔へのデディケート

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第一楽章【絃と翼の敷衍曲(パラフレーズ)】


 
 人と、夜魔と、それを狩る者が存在する世界。
 生と死の歪な境界の狭間で漂い揺れる世界、オズワルド。
 そのオズワルドの外れに広がる、深く静かなヴェデラの森からユーリエが姿を消してから、今日で既に二ヶ月が経っていた。

 今日も主たる術師が消えて久しいあの小さな邸宅に足を運び、改めてかつてのパートナーの不在を認め、そして大きく溜息をつく。
 私と少女の間に跨る二ヶ月という空白の時間は、何の予告も前触れもなく突然に私の前から消えた少女と最後に言葉を交わしたのはいつだったかという事さえも忘却の彼女方へ消えてしまうくらい長いそれのようであり、ほんの刹那のようでもある。
 少女と過ごした日々。そこにある数多の想い出を指折り数えてみても、一体人間の手があと何対あれば全て数え終えるのかも分からない。中にはどうしても思い出せないものも存在する。
 恐らくは多すぎて少しずつ希薄なそれになり、次第に記憶の引出しの中で風化し、自然に消えてしまったのか……。兎に角、正確な想い出の数は今ではとても数えられない。日記の一つくらい付けていればよかったと軽く後悔する。
 二ヶ月前のあの日から……不安、苛立ち、焦燥感といった感情を、私が一時でも憶えなかった日は一度たりともない。全ては少女が何の挨拶も無しに消えてくれた所為。
 もしも彼女と再会する事ができたらまず何を言ってやろうか、毎日そんな事ばかり考えていた気がする。

 とはいえ、オズワルドという狭い箱庭のような世界からほんの小さな杭打つ者が一人消えた程度では、見ている側が呆れ返るほど平和ボケした住人の心に波風を立てるような事などなく…………。
 今夜も山の中にあるバンドォ教会の礼拝堂は人間、術師問わず多くの者達が酒盛りに明け暮れ、ある者は伊達比べと称する派手な手合わせに興じている。
 勿論私もそこにいて、硝子の小さなタンブラーの中のワインを揺らめかせ、それを少しずつそれを口へ運びながら……教会に屯する人間達の中に、あの日からずっと探し求めてやまない少女の姿を探している。
 やはり、今日の宴席にも彼女の姿はない。こういう賑やかな場が何よりも好きな、誰もがすっかり見慣れた筈の人の姿が……二ヶ月前にその行方を絶ったユーリエの姿は今日も、黄昏時のこの教会の何処にもない。
 それだけで、いつもと変わらぬ夜会の筈なのに、大きな違和感を感じてしまう。バンドォ教会で夜会があると聞けばすっ飛んで現れ、時に自ら幹事を買って出るほど彼女等の間では目立つ存在であったユーリエ。
 今そのユーリエはここにはおらず、しかし夜会の参加者達がそれを気にする様子は、私にはとても見受けられなかった。
 まるでユーリエ=フローマーという少女など初めからこの世界にいなかった、むしろ生まれてすらいなかったかのように…………。
 思わず、憤りに似た感情が込み上げる。

 こうして夜会の席でめいめいにはしゃいでいる人間達を見ていると、どうしても思い出してしまう事がある。
 とある日の昼下がり、新しく手に入れた魔道書を片手に気紛れにつけた年代物のラジオから流れたニュースに聞き入っていた私。丁度その時流れていたのは最近オズワルドで頻発している一つの事件だった。
 オズワルドの術師が老若男女問わず、夜な夜なとある一人の少女に襲われ、全身の血を抜き取られて殺されるという事件である。
 丁度ユーリエが失踪した一ヶ月後に最初の犠牲者が出て以来、それからほぼ二日か三日おきに術師が殺されているのだ。
 このオズワルド始まって以来の術師を標的とした猟奇事件に彼等彼女等は須らく震え上がり……人間を襲わなくなったばかりか、夜間に人間の里に現れる事も全くなくなったのだ。

 一部の力の無い術師達にとってはすでに異変レベルと言ってもいいこの事件。しかしこの教会ではそんな事お構いなしに、今日もいつもの様に夜会は開かれ、またいつもの様に勢力を問わず仲間はぞろぞろと集まってくる。
 皆、あの事件について一体何を考えているのだろう。明日もこの面々と無事に酒を酌み交わす事が出来るのか、いやその前に次に毒牙に掛かるのは自分なのではないのか……そんな危機感を少しでも抱いている者はこの場に何人いるのであろうか。
 すっかり顔も気心も知れたお馴染みの顔触れに、また明日も出会えるとは限らないというのに。
 とはいえお気楽、もっと言えば平和ボケをを絵に描いたような術師や一部の人間達には、それを望むべくもないが……。
「何辛気臭い面してんのよ、ヴィオラ。今日は楽しもうよ、ね?」
「あ、ごめん。そうだよね…………」
 後ろから響いた誘いの声は私の思考を半ば強引に寸断する。だが少々むっとしながらも私は自然に彼女等の輪の中に入っていた。
 自己嫌悪だ…………。結局私も彼女等と同じ穴の狢、お気楽な術師の一人だという事か。

「ファニー…………」
「あら、ヴィオラじゃない。どうしたのよ」
 お気楽な人間達の相手をするのに疲れ、彼女等と距離を取りたくなった私は、その足で一人礼拝堂の隅に佇んでいたファニーの元を訪れた。
「ちょっとね…………。隣、座っていいかな」
「はいはい、しょうがないわね…………」
 相変わらずここ、バンドォ教会の聖女であるファニーは、特有の不機嫌そうな顔をしながらぼんやりと宴席の人間達を眺めている。
「あ〜あ、今日もみんな楽しそうねぇ…………」
「全くね。んで終わったら何もせずに帰るんだし。後片付けする身にもなれって感じだわ。これだから術師ってのは厄介なのよ」
「本当。でも、あのお気楽どもにはそれを望むべくも無い……そうでしょ?」
「悔しいけど、その通り」
 気だるげにそうささめいてみたものの、ファニーの口調はそれほど嫌そうではなかった。流石に仕事柄、彼の者達の相手をするのには慣れているのだろう。
 一体その余裕が何処から来るのか教えて欲しい。欲を言えばそれを二割くらい分けて欲しい。
「そう言えば……今日も来てないわね、ユーリエ」
 ここで私はさり気無く、ユーリエの話題をファニーに振ってみる。オズワルドの管理者の一人、聖女の一人であるファニーであれば何かしら情報を掴んでいるかもしれない。
 誰もが須らく日々張り詰めた心に隙が生じる夜会の時ならば、彼女から幾許かでもユーリエについての手がかりを引き出せる……そう考えたのだ。
「あぁ、ユーリエ。そういえば……失踪してから二ヶ月くらいになるわね」
「そうね。今日も確かめにいったけど、まだ帰っていないみたいなのよ…………」
「ふぅん…………。言っとくけど“別にそんなんじゃないわよ”って強がっても無駄だからね? あの娘が心配なんでしょ?」
「まぁ……ね。ファニーには敵わないわ。本当……一体何処にいるのかしら。アイツがいない間に私達は大変な事になっているっていうのに…………」
「さぁ……。ひょっとしたらイワンワシリーの辺りで迷子にでもなっているんじゃないの?」

(…………イワンワシリー?)
 思わず、ハッとする。ファニーはユーリエの行方について「オズワルドの何処かで」ではなく、「イワンワシリーの辺りで」と言った。