ひとくさり 4
「先生っ!」
甲高い声を響かせて、入ってきたのは10歳の子供だった。とんがり帽子とステッキを持っている。
「おお、丁度良いタイミングじゃの、虫ら瀬くんや」
「先生っ!」と、ステッキをひゅひゅっと回して先端を僕に向ける。
「不思議なことが起こってます、先生っ!」
「もうずっとだ、それは」
物語に出入りし、鳴り止まない実験器具の周りで、得体の知れない老人と話し、口から音ではなく文字が出ることが不思議以外のなんだというのだろうか。
「ボク魔法が使えます! ほら、浮けっ!」
虫ら瀬がひゅひゅっと杖を振ったかと思うと、僕は天井に頭を打っていた。激痛が頭に走り、めまいがして目の前が暗くなっていく――のは、気のせいだった。
「あー、先生? 大丈夫ですか?」
はっ、とする。どうやら、幻覚を見ていたようだった。魔法で宙に浮き、天井に頭をぶつけるという幻覚。
「なんか、幻覚見た。天上に頭ぶつける幻覚」
「ほっほっほ。思い込みが激しいのう、先生」
「うるさいな。疲れてるんだよ、たぶん。そして僕を先生先生って呼ぶんじゃない。お前もだ、志乃」
「いやしかし、丁度よいのう。次の話の予告をすると、それこそどうやら、魔法が使える世界のようじゃ」
「魔法、ね」
「時間がないので簡単に説明するぞ。この世界で現実と違うのは、魔法が使えるということだけじゃ。そして魔法はの、一人の人間に付き、一生に一度しか使えないみたいじゃぞ。使いどころをよくよく考えなければのう」
「あー、そうか。たった一度なのか。それはよく考えなきゃあな。ん? でも、時間がないってなんだ?」
「ああ。それはの、もうすぐお前さんは向こうに飛ばされるからじゃ」
「はあ!? どういう――」
と抗議しかけた所で、今度は本当に目の前が暗くなっていった。薄れ行く意識の中で老人の声だけが反響するように聞こえた。
「さっきの飲み物は、ココアじゃなくて、お前さんを向こうへ行かせるためのものじゃー。帰ってきたらなんでも好きなものをやろう。じゃからがんばってきてくれのうー」
かくして僕は、次の新たな物語の中に飛ばされる。
浮き迷った憂き物たちに、終わりを告げるそのために。