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田 ゆう(松本久司)
田 ゆう(松本久司)
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民生委員談話

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民生委員談話

1) 民生委員適任者とは
 平成25年は民生委員児童委員改選の年である。1期3年がこの11月30日で終了する。続投するのか降板するのかは本人の意思によるところが大きいがここに重大な問題が生ずる。民児協では委員の続投を期待しているようである。そこには委員経験者は諸般の事情に通じていることは確かであり、民児協の運営に支障をきたすことも少なくなるという政治力学が働いている。
 ところが、民生委員をやってみればすぐにわかることであるが、自己が適任者であるかどうかを真摯に考えてみれば大半の委員がノ―であるとの結論に達するのではないか。それほど民生委員の適任者たることは難しい業である。それにも関わらず民生委員を拝命せざるを得ない事情が存在する。適任者とは言えないが民生委員を引き受ける事情とは一体何か。
 民生委員は究極のボランティアである、との褒め言葉を並べる者もいるが民生委員は決してボランティアなどではない。そんないい加減な考え方では職務を最後まで遂行することができない。反面、職務をあまりにもかた苦しく考え過ぎるとかえって長続きしないこともある。
 そこで民生委員を選定する場合に依頼者からあれこれと懐柔される過程で最終的に承諾するに至る。なかには自ら進んで委員を希望する者もいるが安易にこの者を民生委員に選ぶことは問題である。みんなから委員に推薦されるべき資格のある者でなければならないからである。
 10期30年という長きに渡って委員を続けておられる方も見受けられるが、他に適任者がいるのにそれを阻んでこられたとしたら何をか況やである。長期続投による弊害・職務の惰性がそこに介在する余地があるからだ。

2) 民生委員児童委員信条
 民生委員児童委員信条はその者のあるべき心得をよく示していると言える。5つの条文よりなるので五箇条の御誓文と揶揄を込めてそう呼ぶようにしている。この条文の中味は民生委員の職務について余すところなく言及されていると思われる。実際にはそれらの条文を参照して具体的な行動が取られているのが実状であろう。
 ところがこの信条の締めくくりにあたる5番目の条文がなかなかの強者である。信条唱和の際に苦笑せざるを得ないのは私だけだろうか。「一つ、わたしたちは常に・・・人格と識見の向上に努めます」というクダリである。
 この条文の主意は民生委員の資質を問うものであるが委員の適格条件にも相当する。しかし人格や識見のあるものを委員に選定することが困難であるばかりか該当者がいないのが実状である。だから選出後の委員に対して人格と識見の向上をある種の義務として条文の形で課さざるをえない状況に置かれている。
 しかしこの条文はほとんど念仏に近い。唱えるだけで終わる運命にある。なぜなら年齢的にすでに凝り固まった人格や識見を今更向上させることなど不可能に近い。ここでの「識見」とは「見識」と異なり研修を受ければ身につくというようなやわな代物ではない。人格や識見の欠如はまさに百聞一見に如かず、である。