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田 ゆう(松本久司)
田 ゆう(松本久司)
novelistID. 51015
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母の遺言

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4) 私の人生を振り返ってみるとお袋の意思を踏襲した生き方をしてきたように思う。すなわち、安定した生活を途中で投げ捨てるかのように別の生き方を求めるやり方は、たとえそれが誤算であっても、お袋の遺言から来たものに違いない。ただし、ここでいう遺言とは所謂死の直前に遺される言葉を意味していない。脳裏に焼き付いた言葉、いわば命令であり、その言葉によって自分が生かされている、そういう意味である。
国家公務員試験をいい加減な気持ちで受験した結果不合格の通知を受けた私は、気を取り直し真夏のただ中でバケツに入れた水に足を突っ込んで猛勉強し始め、地方公務員上級職の試験に合格した。しかし、わずか4年で辞職することになる。大学の先輩たちは課長や部長職に就かれていたので、なぜ辞めるのかと周りからも止められたが未練なく、東京にあった建設コンサルタントに転職した。
当時、その企業は私が身に付けていた専門職を必要としていたので、それにやすやすと乗ったのである。しかし、民間での仕事はハードを極め、終電で帰宅する日が続いた。そのおかげで、若くして技術士の資格を得たのである。その二次試験の面接の折、案の定試験官から公務員をやめた理由を問われた。何か不都合があって止めさせられたならば不合格になっていたであろう。
その後も新たな生き方を求めて転職を繰り返すことになるが、最後は町長選に出馬するために大学教授を辞退することになる。定年まで10年以上残していたが、今回もそろそろ大学教授を辞すべき時期だと思い始めていたちょうどその頃、合併前の町長選挙があって合併反対の立場で立候補すれば合併を阻止できるかもしれないという少々思い上がった気分で立ち上がった。合併することが自然の成り行きのような雰囲気の中では初めから勝算がなかったのであるが・・。
判断の甘さはさらに続く。運が悪い方へ傾いたのは、立候補者の顔ぶれが予想と変わったことである。現職が続投すれば選挙が面白くなると踏んでいたのだが直前になって降板し、代わりに助役が立候補するという思わぬ事態に至って、選挙参謀も草の根組織もない自己流の選挙は散々な結果をもたらした。供託金が没収されて幕が下りたのである。
世の中に選挙はいくらでもあり、その都度当選と落選が繰り返され、落選者は次の選挙を期して準備が始まるが私の場合はこれで一件落着であり、目的が遂行されたのである。つまり、後任の教授に席を譲る機会を与えることができればそれで良かったのである。しかし、意に反して大学側は後任人事を行わなかったのである。
かくのごとく、居心地のいいと思えた椅子に座り続けることなく、言い換えれば一つの仕事を全うすることなく途中で打ち切るかのように変えていくやり方は、他人の目からは常識を逸脱しているように見える。しかし、これがわたしの生き方であり、お袋の遺言が染み込んだ結果でもある。

作品名:母の遺言 作家名:田 ゆう(松本久司)