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田 ゆう(松本久司)
田 ゆう(松本久司)
novelistID. 51015
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母の遺言

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2) 東京でのお袋の生活が何年続いたかは知らないが、田舎に戻ったときにはかなり垢抜けしていたに違いない。また、書生たちからいろいろな雑学を吹聴されたのでそれなりの教養も身に付けていた。そんなお袋が東京ではスレ違うこともなかったオヤジと郷里の大阪で出会い結婚することになったのであるがその辺の経緯は聞いていない。
一方、私は就職のために親元を離れるまでは大阪で一緒に生活していたが、その後は弟に面倒を託して一度も実家に戻ることなく転職のたびに転居しながら今日まで続いた。その間、何かことがあればお袋に会う機会があったが、最後にあったのが臨終の直前であった。以前にも入院手術と聞けば病院に駆けつけたが今回は医者から最後通告を突きつけられた。
その時、お袋はかすかな意識の下で私の手を握り締めながら眠り続けていた。その顔は苦痛に耐えるため度々ゆがむことがあったが、その都度握る手に力を込めてきた。臨終までそうしてやればよかったのかもしれない。ところが、そのあとの処理がいけなかったか、わたしは間違った判断をしたのである。それは、若い医者が延命治療をするかどうか尋ねてきた時のことである。かたわらには弟もいたが判断は私に任された。
延命治療と言われたら、「いや結構です」となぜ言えなかったのか、その時はつい「お願いします」と答えたのだ。結果は最悪であった。意識の戻ったお袋は再び襲ってくる苦痛に耐えながら、わずか数日間生きながらえてこの世を去ったのである。当時の医学が末期の苦痛を和らげる手段を未だ確立させていなかったのか、または若い医者がその処置を習熟していなかったのかは別にして、21年前の最後の親孝行がこれでよかったのか、その負い目はその後の私の生き方、とくに医療に対する考え方を変えることになった。
医療は西洋医学がすべてではない、このことは誰もが知っている。けれども、最後にはそれに頼ることが普通のことのように行われているが、近代医学の過信に警鐘を鳴らしている医者が存在するように、最後は自分の判断でこの世を去りたいと願わずにはおれない。
作品名:母の遺言 作家名:田 ゆう(松本久司)