ハイクマン
ハイクマン
▽春愁に二条の涙を流す也
「ダッセーんだって。」
同級生のユウタを聞き役に高校生テッペイは語った。ユウタはといえば学食で買ってきたサンドイッチを口にほおばっているので答えることはできなさそうだが、答えるつもりもないらしい。テッペイが語るのを聞き流している。
「あのハイクマンとかいうやつのセンスのなさがぶっ飛んでてさ・・・今年の4月のテレビ番組表はもうどうかしてる。」
ユウタは相変わらずその話を興味なさそうに聞き流している。
「もうびっくりしたもん。番宣見て。なんか、だっせープロレスのマスクみたいなのかぶったやつがさ・・・なんか黒いマント頭からかぶって・・・聞いてる?」
ユウタがようやくしゃべった。
「テレビとか別に見なくてよくね?」
そういわれてしまうと実も蓋もない。
「まあ・・・そうだけど、アレはないわ!」
ユウタは興味がないものには徹底して触れない主義らしく、無言で次のパンの包みを開けた。しかし、テッペイはそうはいかない。その若さゆえか「不甲斐ない」と感じたものを批判せずには気が治まらないようだ。散々文句を言い続けて、そのモヤモヤは帰宅しても治まらなかった。
「母さん、4月から始まるヒーロー物の新しいやつ見た?」
「4月から始まるものを見てるわけないでしょ!」
テッペイの母は夕食の用意をしながら、文句を言い出すと饒舌な息子の相手をしている。「誰に似たのかしらん」と常日頃考えているが、その問いの正解は若いころの母親だということには気づいていない。
「そもそも、私がヒーロー物見ないじゃない。」
「だけど・・・キャストも発表されてないし・・・おかしいじゃん!?やる気ないんだよ、テレビ局のやる気が。」
テッペイがそう結論付けたところに父が帰宅した。
「テレビ局のせいでもないんだ。」
テッペイの父はおもちゃ会社で働いている。とはいえ、普通にスーツを着て会社に通うだけの仕事だと本人は言っている。
「お帰り。どういうこと?テレビ局のせいでもないって?」
テッペイの父は渋い顔をしながら答える。
「10チャンネルが企業買収された話知ってるか?」
テッペイは目を輝かせてうなづいた。
「知ってる!ニュースでやってた!」
テッペイはこういう話が好きだ。経済界の難しい話が好きなのではない。陰謀論の匂いをかぎ分けているのだ。
「テッペイが言ってる番組って10チャンネルだろ?詳しいことは仕事の関係で話せないけど、買収されたせいで今まで見たいな番組作りができなくなったんだって聞いた。」
「それで!?」
テッペイの父はやっと部屋着のジャージに着替えた。
「それで終わりだよ。まあ、10チャンネルの子供向け番組の商品はだいたいうちの会社が売るから、ハイクマンの商品もそうなんだろうけど企画部の連中がイロイロ言ってたよ。」
「なんて!?」
テッペイの父はリビングのソファにどっかり腰を下ろすと
「それはさすがに言えん」
と微かに笑った。
▽背丈伸び物を問いだす息子見て
一時期はやった言葉に「窓際族」という言葉があるが、別なタイプの窓際族というのが昔から存在する。テレビやアニメで窓から外を眺めるカットが異様に多い面々だ。刑事ドラマで何かと窓の外を伺うボス然り、妙に高いビルからいつもウイスキー片手に窓の外を伺うマフィアのドン然り。そしてここにも窓際族が一人居た。
「・・・やっと始まる。」
思わせぶりなことを言って窓の外を眺める優男に足りないのは、美人で有能な秘書だった。
「カツラギ専務、さっきの書類もう目を通されましたか?」
中年小太りの男性秘書が汗を拭きながら書類のチェックの催促をしている。カツラギ専務と呼ばれた窓際族の優男はせっかくの思わせぶりなシーンをぶち壊されてやや気分を害している。しかし、仕事は仕事なのでそんなことをいうわけにも行かず
「すいません、今見てます」
と大嘘をついてデスクに戻った。
「ツチノトウシさん。遠慮せずにクーラーつけていいよ。」
「はい。」
ツチノトウシと呼ばれた男は喜び勇んでエアコンを操作する。美人ではなくとも飛び切り有能なこの年上の秘書を高く評価していた。同族経営を辞さない親の七光りで専務の椅子に座っているカツラギを、かろうじてこのポストにとどめているのはツチノトウシの力だろう。
「・・・でも、そんな僕が無力だって気づいている僕はその点では有能なのかも。」
「どうかされましたか?」
独り言を秘書に聞かれてバツの悪そうな顔をしながらカツラギは仕事に戻った。
▽立つ人に強い風防ぐ高き窓
「やっぱりおかしいし。ヒーローが俳句詠むんだろどうせ?」
テッペイのこの件を聞かされるのも一度や二度ではない。ユウタはいい加減面倒くさくなって答えることにした。
「・・・知らねぇよ。詠めばいいよ。詠めば。俺に関係ないよその話。」
ユウタにもっともな反論をされて「絶対おかしい」と独り言に切り替えたテッペイは、なにやら無力感を感じている。父親の仕事の影響かTVヒーロー物をこよなく愛してきたテッペイは何か裏切られた気がしているのだ。テッペイが最初に裏切られたと感じたのはヒーローが怪人と戦わなくなったときだ。ヒーローは怪人と戦ってこそヒーローなのに、毎回、怪人をドッカーンと爆発させてこそヒーローなのに、ちょいちょいヒーローもどきと小競り合いをするようになったあたりで壮絶に冷めた。父の仕事の影響でテッペイの家には昭和の時代からのヒーローアクションのDVDががっちり揃っているのだが、平成になってからはどうも何かとテッペイの心の琴線に触れないようだ。だからこそテッペイは自分の胸を熱くする昭和のヒーローの再来を待ち望んでいるのだ。
「あれ?でも、見ようによっては月光仮面っぽい?黒い月光仮面?」
テッペイが持っているテレビ雑誌には、真っ黒な外套に全身を包み、やはり黒の目だしマスクを被った姿が載っている。両目には白い隈取があり、片方は下に、もう一方は上に、二条の白線が伸びている。
「月光仮面へのオマージュだとしたら・・・敵は怪人じゃなく人間か?」
テッペイはそう勝手に妄想を膨らませて、なんとかハイクマンなる新番組へのモチベーションを高めることに成功した。
「それなら俳句詠んでも仕方ないよな?」
「知らねぇって・・・」
ユウタは別にテッペイのことが嫌いではないのだが、ちょくちょく面倒くさいなとは感じていた。
「ハッ!!そういうっことか!!」
「だからなんだよ?」
「俳句マンってことは、多分、毎回俳句を募集するんだぜ!」
ユウタは意外に前向きな意見に戸惑った。
「お、おう。」
「今から沢山考えておけば、何かイイ物もらえるかもしれないぜ!」
「・・・なるほどな。」
ユウタは実は俳句や和歌は苦も無く詠める性質の人間だ。本人的にはコツは「作ってしまってから歌の良し悪しを考えない」事だそうだ。
▽四月待つ歌も騒がし昼休み
「♪何だかんだと世の中は~腹が立つやら泣けるやら~」
「あれ?ご機嫌ですねツチノトウシさん。」
一人のはずの職場で急に上司に声をかけられてツチノトウシは恐縮した。
▽春愁に二条の涙を流す也
「ダッセーんだって。」
同級生のユウタを聞き役に高校生テッペイは語った。ユウタはといえば学食で買ってきたサンドイッチを口にほおばっているので答えることはできなさそうだが、答えるつもりもないらしい。テッペイが語るのを聞き流している。
「あのハイクマンとかいうやつのセンスのなさがぶっ飛んでてさ・・・今年の4月のテレビ番組表はもうどうかしてる。」
ユウタは相変わらずその話を興味なさそうに聞き流している。
「もうびっくりしたもん。番宣見て。なんか、だっせープロレスのマスクみたいなのかぶったやつがさ・・・なんか黒いマント頭からかぶって・・・聞いてる?」
ユウタがようやくしゃべった。
「テレビとか別に見なくてよくね?」
そういわれてしまうと実も蓋もない。
「まあ・・・そうだけど、アレはないわ!」
ユウタは興味がないものには徹底して触れない主義らしく、無言で次のパンの包みを開けた。しかし、テッペイはそうはいかない。その若さゆえか「不甲斐ない」と感じたものを批判せずには気が治まらないようだ。散々文句を言い続けて、そのモヤモヤは帰宅しても治まらなかった。
「母さん、4月から始まるヒーロー物の新しいやつ見た?」
「4月から始まるものを見てるわけないでしょ!」
テッペイの母は夕食の用意をしながら、文句を言い出すと饒舌な息子の相手をしている。「誰に似たのかしらん」と常日頃考えているが、その問いの正解は若いころの母親だということには気づいていない。
「そもそも、私がヒーロー物見ないじゃない。」
「だけど・・・キャストも発表されてないし・・・おかしいじゃん!?やる気ないんだよ、テレビ局のやる気が。」
テッペイがそう結論付けたところに父が帰宅した。
「テレビ局のせいでもないんだ。」
テッペイの父はおもちゃ会社で働いている。とはいえ、普通にスーツを着て会社に通うだけの仕事だと本人は言っている。
「お帰り。どういうこと?テレビ局のせいでもないって?」
テッペイの父は渋い顔をしながら答える。
「10チャンネルが企業買収された話知ってるか?」
テッペイは目を輝かせてうなづいた。
「知ってる!ニュースでやってた!」
テッペイはこういう話が好きだ。経済界の難しい話が好きなのではない。陰謀論の匂いをかぎ分けているのだ。
「テッペイが言ってる番組って10チャンネルだろ?詳しいことは仕事の関係で話せないけど、買収されたせいで今まで見たいな番組作りができなくなったんだって聞いた。」
「それで!?」
テッペイの父はやっと部屋着のジャージに着替えた。
「それで終わりだよ。まあ、10チャンネルの子供向け番組の商品はだいたいうちの会社が売るから、ハイクマンの商品もそうなんだろうけど企画部の連中がイロイロ言ってたよ。」
「なんて!?」
テッペイの父はリビングのソファにどっかり腰を下ろすと
「それはさすがに言えん」
と微かに笑った。
▽背丈伸び物を問いだす息子見て
一時期はやった言葉に「窓際族」という言葉があるが、別なタイプの窓際族というのが昔から存在する。テレビやアニメで窓から外を眺めるカットが異様に多い面々だ。刑事ドラマで何かと窓の外を伺うボス然り、妙に高いビルからいつもウイスキー片手に窓の外を伺うマフィアのドン然り。そしてここにも窓際族が一人居た。
「・・・やっと始まる。」
思わせぶりなことを言って窓の外を眺める優男に足りないのは、美人で有能な秘書だった。
「カツラギ専務、さっきの書類もう目を通されましたか?」
中年小太りの男性秘書が汗を拭きながら書類のチェックの催促をしている。カツラギ専務と呼ばれた窓際族の優男はせっかくの思わせぶりなシーンをぶち壊されてやや気分を害している。しかし、仕事は仕事なのでそんなことをいうわけにも行かず
「すいません、今見てます」
と大嘘をついてデスクに戻った。
「ツチノトウシさん。遠慮せずにクーラーつけていいよ。」
「はい。」
ツチノトウシと呼ばれた男は喜び勇んでエアコンを操作する。美人ではなくとも飛び切り有能なこの年上の秘書を高く評価していた。同族経営を辞さない親の七光りで専務の椅子に座っているカツラギを、かろうじてこのポストにとどめているのはツチノトウシの力だろう。
「・・・でも、そんな僕が無力だって気づいている僕はその点では有能なのかも。」
「どうかされましたか?」
独り言を秘書に聞かれてバツの悪そうな顔をしながらカツラギは仕事に戻った。
▽立つ人に強い風防ぐ高き窓
「やっぱりおかしいし。ヒーローが俳句詠むんだろどうせ?」
テッペイのこの件を聞かされるのも一度や二度ではない。ユウタはいい加減面倒くさくなって答えることにした。
「・・・知らねぇよ。詠めばいいよ。詠めば。俺に関係ないよその話。」
ユウタにもっともな反論をされて「絶対おかしい」と独り言に切り替えたテッペイは、なにやら無力感を感じている。父親の仕事の影響かTVヒーロー物をこよなく愛してきたテッペイは何か裏切られた気がしているのだ。テッペイが最初に裏切られたと感じたのはヒーローが怪人と戦わなくなったときだ。ヒーローは怪人と戦ってこそヒーローなのに、毎回、怪人をドッカーンと爆発させてこそヒーローなのに、ちょいちょいヒーローもどきと小競り合いをするようになったあたりで壮絶に冷めた。父の仕事の影響でテッペイの家には昭和の時代からのヒーローアクションのDVDががっちり揃っているのだが、平成になってからはどうも何かとテッペイの心の琴線に触れないようだ。だからこそテッペイは自分の胸を熱くする昭和のヒーローの再来を待ち望んでいるのだ。
「あれ?でも、見ようによっては月光仮面っぽい?黒い月光仮面?」
テッペイが持っているテレビ雑誌には、真っ黒な外套に全身を包み、やはり黒の目だしマスクを被った姿が載っている。両目には白い隈取があり、片方は下に、もう一方は上に、二条の白線が伸びている。
「月光仮面へのオマージュだとしたら・・・敵は怪人じゃなく人間か?」
テッペイはそう勝手に妄想を膨らませて、なんとかハイクマンなる新番組へのモチベーションを高めることに成功した。
「それなら俳句詠んでも仕方ないよな?」
「知らねぇって・・・」
ユウタは別にテッペイのことが嫌いではないのだが、ちょくちょく面倒くさいなとは感じていた。
「ハッ!!そういうっことか!!」
「だからなんだよ?」
「俳句マンってことは、多分、毎回俳句を募集するんだぜ!」
ユウタは意外に前向きな意見に戸惑った。
「お、おう。」
「今から沢山考えておけば、何かイイ物もらえるかもしれないぜ!」
「・・・なるほどな。」
ユウタは実は俳句や和歌は苦も無く詠める性質の人間だ。本人的にはコツは「作ってしまってから歌の良し悪しを考えない」事だそうだ。
▽四月待つ歌も騒がし昼休み
「♪何だかんだと世の中は~腹が立つやら泣けるやら~」
「あれ?ご機嫌ですねツチノトウシさん。」
一人のはずの職場で急に上司に声をかけられてツチノトウシは恐縮した。