イキモノ
瞳に映る世界の彩りは、グレーとグレー、ただコンクリートと灰色の空で構成される。完成された個室。濃淡で表される配色は境界線を曖昧にして、個人を世界に同化する。自分すらもわからなくなりそうな世界は、心の奥に巣くっているしこりすら、曖昧な罪悪感とともに融けだした。そこにのこるのは、視界だけが全てという自分自身。ただ眼球の水晶に映し出された世界に閉塞する、無反応な個人だ。
眼の例に従い、瓦礫の山に埋もれながら、ただ何をするでもなく窓を眺める。その外を、ゆらゆらと舞う蝶を眺める。
かたかたと、脳裏でちぎれたフィルムの音がした。映写機が壊れて止まない。
美しいイキモノは、やがて右隣に舞い降りた。
かちゃり、と鳴るシャッターの音色。瞳をつぶれば、少女が水たまりになったあの光景が思い浮かぶ。
瞳を開ければイキモノがはらりはらりと羽根を動かしている。
首を絞められたいという願望が唐突に目をさました。
やわらかなのど元を締め付け、その奥にある気道を指先に感じて緩やかに至りたいという欲求は、しかし、実像を結ぶ前に、はらりはらりと崩れ落ちた。
ふと、気がつけば窓へと続く階段が見えた。
いつから動いていないのか分からない、体をゆっくりと立ちあがらせる。立ちあがると、右隣に美しいイキモノが舞い上がった。
ふらり、ふらりと。幽鬼のよそおいで階段を上る。はらり、はらりと。美しいイキモノがそれに続いた。
窓枠だったモノへ足をかける。眼前、右から左へ流れていた蝶が静止した。ふわり、ふわりと蝶はその場に漂っている。唐突に、砂糖菓子に群がる蟻の汚さを背筋に覚えた。その寒さに、溜まらず、右隣を振り向くと、代わらず、其処に、美しいイキモノが舞っていた。はらり、はらり。背筋の震えがそぎ落とされる。
再び、前へ向き直る。静止した蒼の色彩が、印画紙の瞳を焼き付けた。
かけていた足へぐっと力を込める。持ち上がる体の感触。それが頂点に達する直前に、ひときわ力を込め、色彩の中へ飛び込んだ。
自分は、両腕を広げた。右隣を見ればはらりはらりと美しいイキモノが舞っている。
モノクロ配色の世界は消えて、印画紙いっぱいに蒼の色彩が描き出された。
落ちていく、落ちていく。その感触を両手に覚える。
ああ、眠い。失落の最中、美しいイキモノの群がる己を幻視した。