見栄プリン
†
十二月の早朝の町並みを姉と二人で歩く。病院跡地を通り過ぎ、亀田川にかかる橋へ至ると、冷たい水辺の風が露出した肌に感じられた。函館の川辺は、冬ともなると近寄りがたい寒さを発する。北海道の中でも比較的温暖な気候だが、それでもその寒さは痛みに近い。マヒした感覚が、顔の皮を一枚厚くしたような錯覚をよこす。
隣を歩く姉を見る。手入れの施された、肩に掛かるほどの黒髪と、平均よりも少し小柄な体格。張りのあるふっくらとした頬と小鼻を赤く染めながら、華奢な両肩を、手袋を履いた両手でしきりにこすり上げていた。厚手のダッフルコートの下に、これでもかと言うほどにセーターなどを厚着した姉は、いつもよりも一回り着ぶくれして、どこか愛嬌を感じさせる。その様子に思わず顔がほころんだ。
暫く眺めていると、姉が恨めしそうな目をこちらに向けてきた。瞳は、私のマフラーを見ている。私も、姉ほどではないが同じように厚着をし、ダッフルコートを着込んでいる。だが、このマフラーのおかげか姉ほどの寒さを私は感じていなかった。
「卑怯者」
姉の一言に苦笑を浮かべる。姉も同じマフラーを持っているのだが、昨日、高校の図書室に忘れてきたと言って、今は手にしていなかった。ここ数日は比較的暖かい日が続いたこともあったから油断していたのだろう。今朝方の記録的な冷え込みがありありと姉の顔に後悔をにじませていた。
暫く道なりにいくと産業通りという大きな通りに出る。函館の中心街へ通じるこの道は、朝方、通勤ラッシュでそれなりに交通量が多くなる。それでもまだ車の数がまばらなのは、単に高校生の時間と社会人の時間が少しずれているからだろう。横断歩道の前で暫く立ち止まって信号が変わるのを待つ。
「ユキはいつもそうよね。私が四苦八苦しているのを横目に見て、いつも涼しい表情を浮かべているの」
両手に息を吹きかけ、こすり合わせながら姉が言う。私からすると、姉がいつも勝手に墓穴を掘って四苦八苦しているだけなのだが、姉から見ると手助けしない私は卑怯者に見えるらしい。そのため、ことある事にこうした文句を私に漏らす。そういう仕草は、私からすると少し子どもっぽく見えるのだが、姉の雰囲気がそれを高校生らしいかわいさにかえていて羨ましい。
「じゃあ、もう少し慎ましくも注意深い生活を心がけることです」
信号が変わるのを見て横断歩道を渡り始める。私のすました態度に姉は憤慨していたが、私が渡り始めたのを見て後に続く。道路の中央で凍った路面に足を取られそうになっていた。
函館警察署の脇を通り左へ暫く進むと、道路を挟んで右側に五稜郭の桜と堀が見えてくる。今はすっかり冬化粧が施され、人の通らないところにはまばらに雪が積もっている。
五稜郭の向かいにある市立図書館の前まで歩くと、こちらを見る人影があった。すらりとした長身にジャケットを羽織り、首元にはマフラーを巻いている。心持ち長めの髪に、精悍な顔つきをした青年の姿を見とめるや、姉が駆け寄って肩を殴りつけるように叩いた。
「おはよう、チアキ」
姉の手荒な挨拶に頭をはたくことで応じているのを見やりながら、挨拶すると、向こうも短く返した。幼い頃から私たち姉妹と面識のあるこの青年は二卵性双生児である私たちと同級で、仲が良い。親と親の付き合いがあるため、日頃から良く顔を合わせるため、気兼ねのない友人だった。
そしてたぶんだが――姉の恋人でも、ある。
横断歩道を渡り、五稜郭の堀を抜けていく。ここを通り抜ければ、高校はすぐそこだ。学校にたどり着く前、ふと気がつくと、私の物と同じマフラーを、チアキから奪い取って姉が首に巻いていた。