シュガークロニクルZERO
ep1. 『シュガークロニクル』
私に声をかけてきたのは、やや小太りで丸い顔をした中年の男だった。
バナナの熟した臭いを口の奥から漂わせながら私に近づき、今日もまたくだらない話題で私の笑いを取ろうとする。
似合わな過ぎて笑えてしまう赤いふちの小さな眼鏡とおかっぱ頭は、今や私のトラウマだ。
「係長、私忙しいので…」
バナナの腐ったような中年の雑談をあっさりスル―すると、私はタイムカードを手早く切り、安っぽい硝子の扉を右手で思いっきり押し開け、さっそうと職場を後にした。
**********
[今夜も星が綺麗…]
星空が見下ろす帰り道を歩きながら私の心の中に失くしかけていた感動が一瞬だけ蘇る。
学生の頃はそんなちっぽけなことでも小さな感動を覚えていたのに、今ではすべての景色が通り過ぎるだけの毎日。大人って所詮こんなものなのね。
いつものバスに乗り、いつもの地下鉄に乗り、家まで徒歩15分の駅までの道のりは、まるで私が社会という波の中に完璧に飲み込まれてしまっていることを示してくれているようで、社会に出て5年目の私にとっては苦痛ですらなくなってしまった。
家に辿り着いた私は、いつものように手早く夕食とお風呂を済ませ、寝落ちする間際までテレビを見たり友達と電話で雑談したり、時には買ったばかりのパソコンでネットの動画を探しては視聴し、そして今日という1日に終わりを告げる。
**********
[私、枯れてる…]
大人というものに自分もなってみて5年も経つと、私の心は乾燥肌になってしまったかのように、カサカサに乾いて学生の頃の様な潤いは失われてしまっていたかのように感じた。
-トゥルルル、トゥルルル-
真新しいスマートフォンが枕の横で鳴り響く。
疲れたしそろそろ寝てしまおうかと考えていた矢先に誰かから電話がかかってきたようだ。
[まさか腐ったバナナではないよね]
私の頭には一瞬、赤いふちの小さな眼鏡の下に隠された係長の萎んだ瞳が浮かんで、少し吐き気がした。
重い腰を上げて携帯を手に取る。
そこに表示されていた名前は「腐ったバナナ」ではなかった。
**********
「なんだ、仁美かぁ」
そう深いため息をつくと、私は仁美からの電話に応じた。
「もしもし朱里?お疲れ~」
高校1年の時に同じクラスになって、それからずっと仁美とは仲良し。最近はお互い仕事が忙しくてほとんど会えていないのだが、暇を見つけてはこうして電話をかけてきてくれる。
疲れているという割にはハイテンションな彼女の話し声に私はいつも元気付けられているのかも知れない。
「仁美って無駄に元気だよね」
私は低めのトーンで彼女に対して呟く。
「こんな時間にどうしたの?」
私は続ける。
**********
「朱里さぁ、いつも私を能天気な馬鹿娘みたいに言うけどさ、あんたももっと明るく毎日を過ごしなさいよー」
突然のまともな言葉。彼女はたまに世界の真理とかを深く語りだしたりする。それはそれで楽しいのだが、あまりにも唐突にまじめな話をし出すので私としては一瞬動揺して言葉を失ってしまう。
「ところで朱里って、シュガークロニクルやってたっけ?」
シュガークロニクルと言えば、今CMなどで話題の無料のオンラインRPG。無料と言ってもプレイしていくと課金アイテムなどを買わないと進むのがきつかったり、欲しいアイテムはどうしても課金アイテムに多かったりするので、詐欺っぽい感じがして私はやってはいなかった。
**********
「毎日ダラダラしてるくらいだったら、シュガー一緒にやろうよ!チャットとかだけでも結構楽しいんだよ!」
次の瞬間、開いていた私のパソコンに1通のメールが届いた。
開いてみるとシュガークロニクルの招待状。[命短し恋せよフォー・カーリ]さんからの招待状だ。
「招待状届いた?それあたしだから」
やっぱり仁美からの招待状か。
というか、これは友達紹介で○○ポイントゲット!といった類のものではないだろうか?
「ねぇ仁美、これってさぁ…」
**********
私が仁美に突っ込みを入れようとした刹那、仁美が声を荒げる。
「あー朱里!ごめんキャッチキャッチ!!また週末にでも電話するね!」
おそらく彼氏からの電話なのだろう。仁美はすぐに電話を切ると、私の電話からは保留音が流れ出した。そして私も電話を切り、それをまたベッドへと放り投げる。
残された仁美からの招待状。
不意に時計を見上げると22時24分。まだ寝るには少し早い時間だ。
私は届いたメールのURLから、とりあえずシュガークロニクルの紹介登録画面を開いてみた。
私はやらないと思うけど、友達のポイントの為に登録だけはしておこうかなと、私には珍しい思いやりにあふれた感情が湧いたからだ。
**********
[ニックネームは何がいいかなぁ]
ほかのSNSサイトやつぶやきサイトはそのまま朱里で登録してる私だけど、もっとひねりのあるニックネームでもいいよね。登録するだけなんだから。
[そうだジュジュにしよう]
結局は本名を少しもじっただけだが、なんとなく可愛い感じもしたので、私はニックネームをジュジュに決めて、そのまま登録を続けた。
登録が完了すると私のパソコンに、シュガークロニクルのマイページへの直通URLの載った登録完了メールが届いた。
これでとりあえずはひと段落。
[仁美にポイント入ったかなぁ?]
**********
そんなことを思いながらマイページを眺めていると、マイページの私のプロフィールのところに1000ポイントが入っているのを発見した。
私は友達紹介のページなどを読んでみた。
どうやら友達紹介は紹介した本人には2000ポイント、紹介した相手には1000ポイントのプレゼントがあるようで、どちらも得をするような仕組みになっているらしい。
[会員を増やすために頑張ってるよね]
私はそんなことを思いながら、パソコンの画面を見つめてホーッと感心していた。
感心というよりも少し呆れていたのかも知れない。
**********
シュガークロニクルでの1000ポイントは現金で1000円に相当するようで、私はとりあえずこの数分間で1000円を獲得したというわけだ。
[せっかくだしポイント使ってから放置しよう]
タダで貰ったポイントを使わないのは、私の性分として許せないので、私はとりあえず1000ポイント分で買えるだけの装備やら服やらをこのジュジュに着せることにした。
[ミスリルアーマーが300ポイントに…]
意外と高い。
ジュジュに300円を払ってミスリルアーマーを着せたいと私は思わないのだが、シュガークロニクルにハマっている人たちにとってはそんなのははした金なのだろうか?
**********
色々と現実的なことを考えながも、とりあえず1000ポイントで買える初期装備を整えた私は、ふとパソコンの時計に目をやった。
[23時15分かぁ]
私に声をかけてきたのは、やや小太りで丸い顔をした中年の男だった。
バナナの熟した臭いを口の奥から漂わせながら私に近づき、今日もまたくだらない話題で私の笑いを取ろうとする。
似合わな過ぎて笑えてしまう赤いふちの小さな眼鏡とおかっぱ頭は、今や私のトラウマだ。
「係長、私忙しいので…」
バナナの腐ったような中年の雑談をあっさりスル―すると、私はタイムカードを手早く切り、安っぽい硝子の扉を右手で思いっきり押し開け、さっそうと職場を後にした。
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[今夜も星が綺麗…]
星空が見下ろす帰り道を歩きながら私の心の中に失くしかけていた感動が一瞬だけ蘇る。
学生の頃はそんなちっぽけなことでも小さな感動を覚えていたのに、今ではすべての景色が通り過ぎるだけの毎日。大人って所詮こんなものなのね。
いつものバスに乗り、いつもの地下鉄に乗り、家まで徒歩15分の駅までの道のりは、まるで私が社会という波の中に完璧に飲み込まれてしまっていることを示してくれているようで、社会に出て5年目の私にとっては苦痛ですらなくなってしまった。
家に辿り着いた私は、いつものように手早く夕食とお風呂を済ませ、寝落ちする間際までテレビを見たり友達と電話で雑談したり、時には買ったばかりのパソコンでネットの動画を探しては視聴し、そして今日という1日に終わりを告げる。
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[私、枯れてる…]
大人というものに自分もなってみて5年も経つと、私の心は乾燥肌になってしまったかのように、カサカサに乾いて学生の頃の様な潤いは失われてしまっていたかのように感じた。
-トゥルルル、トゥルルル-
真新しいスマートフォンが枕の横で鳴り響く。
疲れたしそろそろ寝てしまおうかと考えていた矢先に誰かから電話がかかってきたようだ。
[まさか腐ったバナナではないよね]
私の頭には一瞬、赤いふちの小さな眼鏡の下に隠された係長の萎んだ瞳が浮かんで、少し吐き気がした。
重い腰を上げて携帯を手に取る。
そこに表示されていた名前は「腐ったバナナ」ではなかった。
**********
「なんだ、仁美かぁ」
そう深いため息をつくと、私は仁美からの電話に応じた。
「もしもし朱里?お疲れ~」
高校1年の時に同じクラスになって、それからずっと仁美とは仲良し。最近はお互い仕事が忙しくてほとんど会えていないのだが、暇を見つけてはこうして電話をかけてきてくれる。
疲れているという割にはハイテンションな彼女の話し声に私はいつも元気付けられているのかも知れない。
「仁美って無駄に元気だよね」
私は低めのトーンで彼女に対して呟く。
「こんな時間にどうしたの?」
私は続ける。
**********
「朱里さぁ、いつも私を能天気な馬鹿娘みたいに言うけどさ、あんたももっと明るく毎日を過ごしなさいよー」
突然のまともな言葉。彼女はたまに世界の真理とかを深く語りだしたりする。それはそれで楽しいのだが、あまりにも唐突にまじめな話をし出すので私としては一瞬動揺して言葉を失ってしまう。
「ところで朱里って、シュガークロニクルやってたっけ?」
シュガークロニクルと言えば、今CMなどで話題の無料のオンラインRPG。無料と言ってもプレイしていくと課金アイテムなどを買わないと進むのがきつかったり、欲しいアイテムはどうしても課金アイテムに多かったりするので、詐欺っぽい感じがして私はやってはいなかった。
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「毎日ダラダラしてるくらいだったら、シュガー一緒にやろうよ!チャットとかだけでも結構楽しいんだよ!」
次の瞬間、開いていた私のパソコンに1通のメールが届いた。
開いてみるとシュガークロニクルの招待状。[命短し恋せよフォー・カーリ]さんからの招待状だ。
「招待状届いた?それあたしだから」
やっぱり仁美からの招待状か。
というか、これは友達紹介で○○ポイントゲット!といった類のものではないだろうか?
「ねぇ仁美、これってさぁ…」
**********
私が仁美に突っ込みを入れようとした刹那、仁美が声を荒げる。
「あー朱里!ごめんキャッチキャッチ!!また週末にでも電話するね!」
おそらく彼氏からの電話なのだろう。仁美はすぐに電話を切ると、私の電話からは保留音が流れ出した。そして私も電話を切り、それをまたベッドへと放り投げる。
残された仁美からの招待状。
不意に時計を見上げると22時24分。まだ寝るには少し早い時間だ。
私は届いたメールのURLから、とりあえずシュガークロニクルの紹介登録画面を開いてみた。
私はやらないと思うけど、友達のポイントの為に登録だけはしておこうかなと、私には珍しい思いやりにあふれた感情が湧いたからだ。
**********
[ニックネームは何がいいかなぁ]
ほかのSNSサイトやつぶやきサイトはそのまま朱里で登録してる私だけど、もっとひねりのあるニックネームでもいいよね。登録するだけなんだから。
[そうだジュジュにしよう]
結局は本名を少しもじっただけだが、なんとなく可愛い感じもしたので、私はニックネームをジュジュに決めて、そのまま登録を続けた。
登録が完了すると私のパソコンに、シュガークロニクルのマイページへの直通URLの載った登録完了メールが届いた。
これでとりあえずはひと段落。
[仁美にポイント入ったかなぁ?]
**********
そんなことを思いながらマイページを眺めていると、マイページの私のプロフィールのところに1000ポイントが入っているのを発見した。
私は友達紹介のページなどを読んでみた。
どうやら友達紹介は紹介した本人には2000ポイント、紹介した相手には1000ポイントのプレゼントがあるようで、どちらも得をするような仕組みになっているらしい。
[会員を増やすために頑張ってるよね]
私はそんなことを思いながら、パソコンの画面を見つめてホーッと感心していた。
感心というよりも少し呆れていたのかも知れない。
**********
シュガークロニクルでの1000ポイントは現金で1000円に相当するようで、私はとりあえずこの数分間で1000円を獲得したというわけだ。
[せっかくだしポイント使ってから放置しよう]
タダで貰ったポイントを使わないのは、私の性分として許せないので、私はとりあえず1000ポイント分で買えるだけの装備やら服やらをこのジュジュに着せることにした。
[ミスリルアーマーが300ポイントに…]
意外と高い。
ジュジュに300円を払ってミスリルアーマーを着せたいと私は思わないのだが、シュガークロニクルにハマっている人たちにとってはそんなのははした金なのだろうか?
**********
色々と現実的なことを考えながも、とりあえず1000ポイントで買える初期装備を整えた私は、ふとパソコンの時計に目をやった。
[23時15分かぁ]
作品名:シュガークロニクルZERO 作家名:あうる男爵閣下