ihatov88の徒然日記
137シリーズ80'sその6 11/12
しばらくご無沙汰でしたが、昭和60(1985)年のハナシ
おそらく関西の人間なら誰もが口にすると思います。この年は、
阪神タイガースが日本一
になった年です(リーグ優勝はあります)。あとにも先にも一回こっきりですから関西人の記憶の中に強く強く、元々コテコテでアクの強い地域性よりもさらに色濃くこびりついているわけです。
先日も日本シリーズをテレビで見ていましたが、三位進出の横浜DeNAがまさかのアップセットを起こすかも、と盛り上がりましたが、関西人にしてみたら日本シリーズがどんだけ盛り上がっても原点はこの年なんです。
「あの時(昭和60年のこと)は」
「掛布が打って、岡田が続き……」
巷のおっさんたちもあの時の比較をします。地味にマスコットのトラッキーの背番号も「1985」です。背番号が更新される日が来るんやろか……。それくらい、昭和60(1985)年は関西人にしてみたら前年のオリンピックよりも大きなスポーツイヤーなんです。
そうそう、本編をお読みの方におことわり。関西人はコテコテでアクが強いと言われますが、それは本当です。ところ構わず会話の中でボケ挟みます。時にはこれがクドイように思われても、日常が大喜利みたいなもんです。
思えば当時の娯楽、スポーツといえばほぼほぼ野球一辺倒でしたね~。サッカーはまだこれからでしたし、強いて言えば野球以外のメジャーなスポーツは相撲くらいでしょうか、千代の富士関が不動の横綱でした。
とにかく、野球を知ってる人も知らない人も、好きな人もそうでない人も、そりゃもう関西は大騒ぎです。人気はあれどいつももう一歩だった阪神タイガースが優勝したんだから。当時の担任の先生も野球が好きで、デーゲームだった日本シリーズを授業そっちのけで教室で見ていたものでした。今じゃ融通の効かん保護者が何を言うかわかりません、当時はそんな祭りのようでした。
今になって思えば、昔は無駄も多かったですが、余裕があったように思います。現代は合理的で機能性は向上しましたが、そこに「おもしろみ」という味のある、といいますか粋な計らいが少なくなったのかなぁと考えることはよくあります。
って言ってしまえば同じ並びの保護者から非難ごうごうなんでしょうね……。
「血税貰っているんやから教師は仕事せいよ」
と声を上げて言う保護者をよく見かることがあります。残念な世の中になりましたね。昔の親たちがそういうことを言ってたかを検証するつもりはありませんが、今も昔も、勉強は自らするものと思っています。
ま、それもよその保護者に言えませんがね――。
作品名:ihatov88の徒然日記 作家名:八馬八朔