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 エンジンの空ぶかしを注意した者を鉄パイプで撲殺しようが、じとりと好奇の眼差しを向けた物好きな者を大径のタイヤで轢殺しようが…………国に、少年法に護られている限り、絞首台だけは須らく免れる。
 それが、少年は尚更気に喰わないのだ。

 …………ならば、そんな彼奴等を地獄の最底辺に叩き落してやる事に、何の問題もない。いや、今は奴等をそうしたくて仕方がない。
 少年の行動理念は極めて単純なそれだった。

 暫くするとかの無法者達はその襲来を待ち受ける少年のもとへ辿り着き、あっという間に彼を囲繞する。
 血やオイルの臭いと耳障りな駆動音に隙間なく包囲されながらも、少年はその冷淡な表情を崩さない。
「あん、何だテメェは!!」
「轢き殺されてぇのか、おいっ!!」
 無法者達が鼻息を荒げながら少年をグルグルと取り巻くように走り続ける。極彩色の髪に崩れかけた顔、無駄に大きな体躯と目に優しくない様々な色の特攻服。
 センスという言葉などとは無縁の彼等は、少年を脅すようにわざとエンジンを大きく吹かせながら、めいめいに大音量で喚き続ける。不協和音が少年の周囲を満たしていた。
 本当、鬱陶しく騒ぐことだけは上手い奴等だ。集団になれば、その手に鈍器を持てば、大きなバイクに乗れば、それだけで強くなったと思い込んでいる。
 それが少年は余計に気に喰わない。ならば…………。

「……………………死ねよ」

 瞬間、少年の意志は、実行に移された。

 希臘(ギリシャ)神話の大神ゼウスがその権威の証たる雷の錫をそうするように、少年……姫鶴脩は、固く拳を握り締めた右腕に渾身の力を込めて、無法者達の群れに向けて振り下ろす。
 その中の一人に“力”を直撃させると彼の者は悲鳴を上げる間も無く後方へ派手に吹っ飛ばされ、大きな放物線を描いた数秒後に国道に叩き付けられた頃には最早身元確認も儘ならないほど、その身体を粉々に粉砕されていた。
 大枚叩いてあしらえた派手な特効服が橙の炎を上げて、めらめらと燃え盛る。

 閻魔様の裁きを待つ前に目の前で無間地獄に落とされた仲間の姿を見せ付けられ、唖然とする無法者達。脩はそんな彼等を一人、また一人と、その華奢な身体を駆け巡る“力”を碧の弾丸に変えて撃ち放ち、
 絶え間なく彼の者達の肉体に叩き込み、その全てを皆同じ真っ黒焦げの肉塊へと変えていく。

 姫鶴脩――ひめづる、しゅう。
 一七歳と四ヶ月、乙女座のB型。
 都内の私立高校聖エミール学院、二年月組所属。
 異能力研究の権威たる天才自然学者にして最大の異端児、今は亡き姫鶴鏡博士の忘れ形見。
 そして彼の提唱した、学会でもオカルト業界でも語り草となっている、人を大量破壊兵器に変える悪魔のプロジェクトの被験者…………!

「う、うわぁああ!!」
「なんなんだコイツはぁっ!!」
 恐れをなして無様に逃げ出す者の背中にも、容赦なく一発。そしてその度に出来上がる真新しい焼殺体。
 気が付くと軽く六〇人程度はいた無法者はたったひとりだけになり、そのひとりだけの男も自分が骸の山の中にいるという恐怖に怯えながら、姫鶴脩という少年を見上げていた。

「ひっ、ひいぃぃ…………!!」
 目の前で起きた惨劇に腰を抜かし、身体の彼方此方を痙攣させ、引きつった表情のまま後退る。そんな彼の無法者の存在を認めた脩はその腕を彼に翳し、少しずつ力を込めてゆく。
「は、はわ、はわわわっ…………!!!」
 目の前に突き出された右腕から放たれる、仲間を打ち砕いた碧の烈しい光。炎でも雷でもない、この世の何よりも強く純粋な破壊の光…………。
 それは先程の少年の台詞が決してハッタリでは無い事を証明し、同時に、無法者にこの後起きる一つの現実を突きつける。
 たった一人の少年の手により目の前で起きた現実。眼前の光が自分に向けられる可能性。それが齎すこの世で最も無様な死。
 それら一つ一つが一本の糸になり、無法者というリリアンによって丹念に織り上げられ、恐怖という鮮やかな斑の組紐を作り上げる。
 その斑の組紐を、己の意思と関わりなくその手首にかける事を余儀なくされた者が唯一出来る事はただひとつ……。

 …………この場から、逃げる事だけ。

「お……っ。おたすけぇ!!」
 恥も外聞も最早無かった。今は一刻も早く逃げ去りたかった。少年の手の及ばないところであれば何処でもよかった。
 男は只管逃げた。前もろくに見ずに逃げ続けた。無論……その全てが無駄だという事は、何一つ彼は分かってはいなかったが。


 ――ドゥッ。


 刹那、碧の閃光と烈しい灼熱、背中から伝わったメガトン単位の衝撃が、男の全身をリニアモーターカー並の速度で駆け抜けていく。
 筋肉、脂肪、臓器、骨格、その他諸々が白い煙を上げながらパンパン弾け、身体のどこかから手持ち花火のような火花が噴き出す。
 やがて男の身体のパーツの大きさ自体も倍以上に膨張し、耐熱温度が限界点を超えた時……ぼん、という派手な爆発音とともに、男の一つの身体は木っ端微塵になって彼方此方に散乱した。高熱により気化してしまったのか、流れ出でた血は驚く程少なかった。

 …………その全てが、一瞬だった。

 放物線を描いて宙を飛んだ無法者がアスファルトの上を何度か回転して止まった頃には、彼は己の先を逝った者達と同じ黒焦げの肉の塊となって、冷たい夜のアスファルトの上に横たわる。
 そんな無法者達の残骸を一瞥し、脩はその視線を改めて国道の方に向ける。
 ……粗方、雑魚は潰した。これだけ派手に暴れれば親玉も必ず現れる。

「出て、来いや」

 呟きが血煙に乗って、言の葉を伝えようとするように、一つの方向へ飛び去る。

 ……そいつは、すぐに現れた。
「へっ。テメェ、随分と派手にやってくれたじゃねぇか」
 ドスの利いた低音が脩の背後に響く。それを聞いた脩は口元に小さく笑みを零した。
 どうやら、あの呟きは無事に届いたらしい。一九〇センチは軽く超えているであろう、ブリーチで派手に染め上げたブロンドのオールバックが夜風を切り、特注品と思しき鮮やかな黒の特攻服を纏ったそいつは、先程脩がぶち砕いた手下の残骸をバックに、悠然と仁王立ちしていた。

「何だい…………悪名高き弩羅厳会総長とか言うからどんな厳つい野郎かと思ったら、なかなかどうして男前じゃねぇか」
「野郎、何のつもりでこんな事をしでかした? 返答次第じゃただで済まねぇぞ」
「……五月蝿く騒ぐテメェ等が癇に障った。それ以外に理由がいるか?」
「ふん。癇に障ったら殺すのか。どうやら腕は立つらしいが、頭の方はさっぱりらしいな、貴様は」
 ……よく言うぜ。そいつはテメェ等だろうが。敢えてそれを言葉には出さず、その意識を右腕に集約させ、体内を流れる強大な力を碧のスパークとして具現化させる。脩の“破壊の力”…………。
 それは学会始まって以来の、狂気の天才科学者たる父が提唱したプロジェクトの産物。

 弩羅厳会総長たる眼前の男の口元からふっ、という音が漏れるのを、脩は聞き逃さなかった。
 “こいつめ、余裕かましやがって……!”脩の怒りはスパークの輝きを更に高め、その眼の烈しい輝きも更にその輝度を上げていく。