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Deo.gracias

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「ねぇ 今どの辺? 時間かかりすぎじゃない?」
「色々ハプニングがあってさっ…俺だって急いでいるよ。」
「俺の子、生まれちゃった?」
「まだよ。」


そう聞くとほっとした。


母さんが、俺を産んでくれた日の事をじいちゃんから聞いたことがある。


母さんは、子供ができたことをじいちゃん達に伝えても、
決して父親の事は、言わなかったらしい。
それはいまだに言ってない。
だからじいちゃんも、俺たちの父さんのことを何も知らない。

「お前は、それでいいのか?ほんとうにそれでいいのか?」

そう、じいちゃんは母さんに何度も聞いたらしい。

だけど、

「後悔なんてしていないしこれからだって後悔はしない。
 私は一人でもこの子を産んで育てていく」

じいちゃんも、ばあちゃんも、そんな母さんの意志の強さには勝てなかったらしい。

そして母さんは、その日が来てもたとえ家族でも甘えてしまったら、
ずっと甘えて生きてしまう。

この子と強く生きるためにはひとりで乗り越えて行かなくちゃいけないと。

「これから、ひとりで病院に行ってきます」

そう言って、大きなバックを車に積んでひとり、病院に向かったそうだ。

そうは言ってもじいちゃんも親であるから、
ばあちゃんと共に後を追うように病院へ行ったらしい。


「お前が生まれた時、お母さんは本当に嬉しそうだった。
 お前の小さなおでこに何度もチュウしてな、デオ,,,, デオ・ドラントだったかな 
 感謝の気持ちだとか言って、それはもう大切に愛おしくお前を抱きしめていた」

じいちゃんは目を細めて、ジェスチャーを交えて俺にそう教えてくれた。

「じいちゃん、デオ・ドラントって違うんじゃない」
「何だったかな。デオは当たってると思うんだがな」
「じいちゃん もしかしてそれってデオ・グラシアスじゃない?」
「そうだ その言葉だ お前よく知っとるなぁ 
 生まれた時の記憶を未だに覚えとるのか?」

違うよ。だけどじいちゃんのデオ・ドラントにはうける。

「何事もなくまた無事に大きく育ちました。デオ・グラシアス」

感謝の言葉。

母さんは、毎年毎年大きく育っていく俺たちの誕生日に、いつもそう言って感謝をしていた。

子供たちの成長に感謝します。

そして、必ずおでこにKISSをしたんだ。
物心ついてきた頃には俺も、流石に照れてしまってしなくなったけど。


でも母さんは、今でもわざとふざけて仕掛けてくるんだよな。
妹も呆れていた。


思い出したらおかしくて車の中でひとりで俺はふいた。



スタンドから出てきて順調に車を走らせてきた。

ようやく病院に到着。



駐車場に急いで車を置き、俺は急いで早苗ちゃんの元へと向かう。



俺の前に歩いていた年配のご婦人、大荷物を抱えていた末に、
地面いっぱいにその品物を大放出しちゃった。

ここまで来て、またアクシデント?

あああ…見て見ぬ振りもできない。

「大丈夫ですか?」

俺は、ひとつひとつ拾い始めた。
果物や、飲み物、テッシュBOX、etc。

「助かりました。ありがとうございます。
 お礼に、これをどうぞ。頂いてくださいよ」

転がり落ちたオレンジをそう言ってハンカチできれいに拭いてくれた。

オレンジが俺の両手に2個。
それを持って急そぐ。走れ、走れ、走れ俺。

「あの、今日......」
「あ。はいはい。お待ちしてましたよ。随分お時間がかかりましたね。
  その先をですね。廊下を右に曲がってですね。次に左に行きますとですね…..」

受付の看護婦さん、丁寧すぎて時間かかりすぎです。

廊下は走ってはいけない。急ぐ心を冷静に保て。
あの看護婦さん、右行って左って言ってたよな。


最初に母さんの顔が見えた。

「おっ 間に合ったぁ。遅かったわね。何?両手にオレンジ持ってるの?」
「わけはあとで話す。はいこれ母さんに」
「あら、ありがと」

母さんの手にそれを渡す。

「それより、俺の子は?まだ?」言ってる言葉が早口になって俺は聞いた。

「まだよ。早く、分娩室に入ったら叶えたいことがあるんでしょ?」
「うん えっ?! 母さん何か聞いたん?」
「別に。いいから早くしなさい」

ほんとこの人って俺の親?疑うぜ。

手を洗い、看護婦さんから渡された白い服と帽子にマスクを着用。

少し重いドアを開けて見る向こう側、早苗ちゃんが、苦しそうにしている。


「ケンちゃん…何…して…いたの…待っていたん…だから……」
「ごめんよ。安心して、もうそばにいるから」

笑顔でそう話す早苗ちゃんのそばで俺は早苗ちゃんの手をしっかり握りしめた。

「不思議ね。お腹の子、パパさんを待っていたみたいですよ」

先生が言った。

「私…頑張るね……」

俺は、泣きそうになった。
だけど、俺も強くならないとね。

「ずっと、傍で見守っているから」

俺は、早苗ちゃんの髪を撫でて、人目を気にせずにそっとKISSをした。

それから、早苗ちゃんは本当に頑張った。

母親はこんな生みの苦しみをするから、絶対的な愛情で子供を守れるんだね。
早苗ちゃんも、きっと母さんの様な強い母になっていくんだろう。

俺も、父親として家族を守り、限りない愛情で包んでいくから。


「パパさん、そろそろですよ。さぁ、こっちへ来てください」
「ハァ...ケンちゃん...ハァ...ちゃんと....夢を...かなえて...ね」

あの時、俺が早苗ちゃんに言ったこと。

「俺さっ出来れば、出来ればだよ。一番最初に俺の子を抱きたいんだよな。
 無理だよね。だって一番最初はさ、先生が取り上げるんだも。
 だから2番目いいからさ、こう抱きしめたいんだ。」


その夢が、今叶う。


そして……………先生と一緒に。


さぁ、おいで俺の子よ。
安心して新しい世界へ向かって出ておいで。
パパがしっかり受け止めるから。


分娩室に、響くわが子の声。


「おー立派な男の子ですね」


廊下から、母さんたちの歓声が聞こえる。

白いバスタオルに包まれたわが子。
恐る恐る手をだし、俺のかわいい息子を抱く。

「パパさん、この子のその重みをずっと忘れないでください」

俺の両手に命の重さと暖かいぬくもりだが伝わってくる。

「初めまして、俺の息子よ」

俺に抱かれた息子は、安心したように泣き止んだ。

「パパ、傍に来て見せて」

早苗ちゃんの傍まで恐る恐る歩いて近づく。


「パパに似てハンサムさん」
「うん.....」


早苗ちゃんは、本当に頑張った。
俺は絶対に家族を守るから。


小さな手に触れると俺の指を握りしめてきた。
小さな瞳は俺を見ている。

まずは、

「早苗ちゃん、本当にありがとう。デオ・グラシアス」

額にそっとKISSをした。

そして俺の子。

「生まれてきてくれてありがとう。デオ・グラシアス」

そう言って小さな額にKISSをした。

作品名:Deo.gracias 作家名:蒼井月