Deo.gracias
介護の世界の毎日は、とてもせわしない。
子供返りの大人たちが、それはもう聞き分けのないことばかり言う。
俺はそんな中で仕事をしている。
だけど、母さんはよく言う。
「いいじぁないの、今まで世間や家族に対して
心身共にぼろぼろになるまで貢献してきてるんだから、
次なる旅支度のために、わずかなわがまま聞いてあげてもさっ」
母さんみたいにずっとわがままを言い続けてきている人もいるけどね。
どんな仕事も楽しんで、張り切りましょう。これも母さんの言葉。
俺って、母親の影響 強ぇ~。って、仕方ないか。
生まれた時から母さんだけだったんだし。
俺も結婚して、父親になるわけだし、仕事は大事だし頑張らないといけない。
今日も俺は元気に仕事に専念します。
「ケンちゃん、自宅から電話~」
事務所からヘルパーさんが走ってきた。
「は~い」
なんだろう。家に忘れ物したっけ?俺。いやしてないよな。
「もしもし?」
「ケンちゃん、早苗ね、破水したから」
「お義母さん? まさか、もう生まれるんですか?」
「いいえすぐではないだろうけど とりあえず病院に行くから、
ケンちゃんも病院に来てね お母さんにはこっちから連絡しとく」
「はい、わかりました なるべく早く向かいます」
と、電話を切ったものの……。
気持ちはすぐにでも飛んでいきたい。
でも、ここの責任者としての俺の立場、この忙しい時期にぬけるとなるとさ。
「どうかした?」
「実は...生まれそうなんです」
「奥さん?」
「はい」
「まじですか?」
「はい、まじです」
「(笑)ずいぶん冷静ね」
「いや、どうしよう」
「今日はスタッフも揃ってるから、帰りなさいよ」
「でも……」
「大丈夫だって、早くいってやんなさいよ。 奥さん待ってるんでしょ?」
「いいんですか?本当に? やったぁ ありがとうございます」
俺は、丁重に頭を下げた。
それぞれのスタッフに事情を伝え、申し送りをして病院に向かう段取りをした。
しかし、予定日より3週間も早い。大丈夫なんだろうか?
とにかく早く行かなくちゃ。愛しの早苗ちゃんと生まれるわが子のもとへ。
「じゃ後はよろしくお願いします」
「生まれたらすぐ電話してね」
「はい」
早苗ちゃん 俺、今すぐ飛んでいくから待っててよ。
事務所を出て玄関に向かう途中、洗面所で深じいさんに出くわした。
「深さん、そこで何してるんです?まさか?!」
「おーケンちゃん、今、しっこするとだがな。だがなぁ、ちと便座に届かんのよ」
「深さん、そこは、トイレじゃないですよ 洗面所ですから
トイレはこちらですよ。さあ、一緒に行きましょう」
「どうりでな、ちと違うな思ったんよ」
ボケているのか、正気で言っているのか、深さんは不思議。
とにかくことなく用をたせて良かった。
俺は急がねば。早く行かなきゃ。
「ケンちゃん、どこさ行くだ?」
「あれ?とくさん、みんなで歌おう会に参加しないんですか?」
「歌はなぁ」
「とくさん上手じゃないですか」
「またぁー嬉しいこと言ってくれるね」
「いや冗談じゃないですよ 俺、とくさんの歌好きですから」
「そんじゃ、歌おう会にでるか」
「そうしてください」
「あれ?ケンちゃんはいかんのけ?」
「急用で出かけるんです とくさんの歌、後でじっくり聞きますから」
「そうだったのか じゃぁはよいきんしゃい」
「ありがとうございます」
「めんこい子が生まれるといいな」
行きがけにとくさんは、俺に、ウインクして見せた。
知ってたん?やられたぁ~。まったくとくさんも……。
俺の毎日はこんな感じで続いていく。
そんなことより。急げだよ。俺。
車のところまで来て、鍵を忘れた?!
また、事務所に逆戻り。俺もまったく。
「鍵~忘れました……」
「何しとるねん」
笑われてしまった。
机の上に置いてある鍵を急いでとる。
「今度こそ、行ってきます」
「もう、戻らんでいいから」
「がんばれパパ」
ようやく、病院へGO~。
と、携帯が鳴った。まさか生まれちゃった??
ディスプレ確認。なんだ母さんか。
「ケン太、いよいよねぇ。 母も今向っているから。どう?パパになる心境は?」
「母さん、この忙しい時にさっ」
「わかった(笑)パパ~向こうでね」
この人も……まったく。
もう電話が来てから1時間も過ぎている。
まだ見ぬ俺の子よ。
パパが病院に着くまで生まれないでよ~。
パパのお願い叶えてよね。今すぐ飛んで行くからさ~~。
Deo.gracias 2
今日は、俺の人生の中で最も最大のイベントとなるわが子の誕生。
俺は、仕事を早退して病院に向かっている。
出てくるまでに色々と合ったけれど何とか。
なのに……なしてこの渋滞??な訳。
この道さぁ、いつも通っているけどぉ渋滞したこと、今の今まで一度だってなかったよね。
今日に限ってこの渋滞は信じられない。
聞いてよろしいでしょうか。
神様、仏様、アラーの何とか様、その他の神々様、何故でしょうか?
俺は何か悪いことをしましたか?
俺は、母さんの教えのもと、
「何しちゃいけないなんて言わないけど ひと様にご迷惑お掛けしたり、
お巡りさんにご厄介になる様な事だけはせんでね」
この言葉に従い、品行方正?清廉恪勤?に生きてきたつもりです。
あ、でも思い出しました。
一度だけ、
高校ん時、夏休み中の真夜中に学校の屋上に無断で入り、
友達10人ぐらいでバスケやってアコムだかセコムから警察に、
連絡がいっちゃって真夜中に教師や母さん達が呼び出された事があった。
でもさ、タバコを吸ったり酒を飲んでいたわけじゃないから厳重注意って事で、
納まったんだよな。
あの時も、母さんは俺に、
「母さん ごめんなさい」
「やってくれるわね。息子殿、夏休みのいい思い出がひとつ増えたじゃない。
冗談はさておき、謝って許されることなら、母さんは、あんたのためにいくらでも頭を下げ てお詫びもするけど、こんな時間に呼び出された他の人たちはいい迷惑よね。母さんに謝る んじゃなくて、信じてくれた先生にありがと うって言いなさいよ」
俺のクラスの先生が、母さんに言ったんだって、
「今回のことは、許されることではないですが、
ケン太、彼奴がいてくれたんで酒、たばこって事にならなかったんですよ」
懐かしいな。確かにいい思い出にはなったよ。
そんな事、今はどうでもいいわい。
それより、今のこの状況をどうするよ、俺。
苛立てたのは俺だけじゃないみたい。
「なんだよ こんなところで立ち往生かい」
トラックの運転手がそう言って車から降りてきた。
俺もそれは困る。
俺も車から降りて進まぬ前方の様子を見た。
相当先まで車が詰まっている。前の状況が、まるで見えない。
反対車線に車も来ない。
しばらくして、パトカーがやってきた。
「皆様にご迷惑をお掛けしています。只今、この2キロ先で
トレーラーに積んであった荷物が、道路に散乱して両道を
塞いでしまっている状況です」
なんですとぉ。
子供返りの大人たちが、それはもう聞き分けのないことばかり言う。
俺はそんな中で仕事をしている。
だけど、母さんはよく言う。
「いいじぁないの、今まで世間や家族に対して
心身共にぼろぼろになるまで貢献してきてるんだから、
次なる旅支度のために、わずかなわがまま聞いてあげてもさっ」
母さんみたいにずっとわがままを言い続けてきている人もいるけどね。
どんな仕事も楽しんで、張り切りましょう。これも母さんの言葉。
俺って、母親の影響 強ぇ~。って、仕方ないか。
生まれた時から母さんだけだったんだし。
俺も結婚して、父親になるわけだし、仕事は大事だし頑張らないといけない。
今日も俺は元気に仕事に専念します。
「ケンちゃん、自宅から電話~」
事務所からヘルパーさんが走ってきた。
「は~い」
なんだろう。家に忘れ物したっけ?俺。いやしてないよな。
「もしもし?」
「ケンちゃん、早苗ね、破水したから」
「お義母さん? まさか、もう生まれるんですか?」
「いいえすぐではないだろうけど とりあえず病院に行くから、
ケンちゃんも病院に来てね お母さんにはこっちから連絡しとく」
「はい、わかりました なるべく早く向かいます」
と、電話を切ったものの……。
気持ちはすぐにでも飛んでいきたい。
でも、ここの責任者としての俺の立場、この忙しい時期にぬけるとなるとさ。
「どうかした?」
「実は...生まれそうなんです」
「奥さん?」
「はい」
「まじですか?」
「はい、まじです」
「(笑)ずいぶん冷静ね」
「いや、どうしよう」
「今日はスタッフも揃ってるから、帰りなさいよ」
「でも……」
「大丈夫だって、早くいってやんなさいよ。 奥さん待ってるんでしょ?」
「いいんですか?本当に? やったぁ ありがとうございます」
俺は、丁重に頭を下げた。
それぞれのスタッフに事情を伝え、申し送りをして病院に向かう段取りをした。
しかし、予定日より3週間も早い。大丈夫なんだろうか?
とにかく早く行かなくちゃ。愛しの早苗ちゃんと生まれるわが子のもとへ。
「じゃ後はよろしくお願いします」
「生まれたらすぐ電話してね」
「はい」
早苗ちゃん 俺、今すぐ飛んでいくから待っててよ。
事務所を出て玄関に向かう途中、洗面所で深じいさんに出くわした。
「深さん、そこで何してるんです?まさか?!」
「おーケンちゃん、今、しっこするとだがな。だがなぁ、ちと便座に届かんのよ」
「深さん、そこは、トイレじゃないですよ 洗面所ですから
トイレはこちらですよ。さあ、一緒に行きましょう」
「どうりでな、ちと違うな思ったんよ」
ボケているのか、正気で言っているのか、深さんは不思議。
とにかくことなく用をたせて良かった。
俺は急がねば。早く行かなきゃ。
「ケンちゃん、どこさ行くだ?」
「あれ?とくさん、みんなで歌おう会に参加しないんですか?」
「歌はなぁ」
「とくさん上手じゃないですか」
「またぁー嬉しいこと言ってくれるね」
「いや冗談じゃないですよ 俺、とくさんの歌好きですから」
「そんじゃ、歌おう会にでるか」
「そうしてください」
「あれ?ケンちゃんはいかんのけ?」
「急用で出かけるんです とくさんの歌、後でじっくり聞きますから」
「そうだったのか じゃぁはよいきんしゃい」
「ありがとうございます」
「めんこい子が生まれるといいな」
行きがけにとくさんは、俺に、ウインクして見せた。
知ってたん?やられたぁ~。まったくとくさんも……。
俺の毎日はこんな感じで続いていく。
そんなことより。急げだよ。俺。
車のところまで来て、鍵を忘れた?!
また、事務所に逆戻り。俺もまったく。
「鍵~忘れました……」
「何しとるねん」
笑われてしまった。
机の上に置いてある鍵を急いでとる。
「今度こそ、行ってきます」
「もう、戻らんでいいから」
「がんばれパパ」
ようやく、病院へGO~。
と、携帯が鳴った。まさか生まれちゃった??
ディスプレ確認。なんだ母さんか。
「ケン太、いよいよねぇ。 母も今向っているから。どう?パパになる心境は?」
「母さん、この忙しい時にさっ」
「わかった(笑)パパ~向こうでね」
この人も……まったく。
もう電話が来てから1時間も過ぎている。
まだ見ぬ俺の子よ。
パパが病院に着くまで生まれないでよ~。
パパのお願い叶えてよね。今すぐ飛んで行くからさ~~。
Deo.gracias 2
今日は、俺の人生の中で最も最大のイベントとなるわが子の誕生。
俺は、仕事を早退して病院に向かっている。
出てくるまでに色々と合ったけれど何とか。
なのに……なしてこの渋滞??な訳。
この道さぁ、いつも通っているけどぉ渋滞したこと、今の今まで一度だってなかったよね。
今日に限ってこの渋滞は信じられない。
聞いてよろしいでしょうか。
神様、仏様、アラーの何とか様、その他の神々様、何故でしょうか?
俺は何か悪いことをしましたか?
俺は、母さんの教えのもと、
「何しちゃいけないなんて言わないけど ひと様にご迷惑お掛けしたり、
お巡りさんにご厄介になる様な事だけはせんでね」
この言葉に従い、品行方正?清廉恪勤?に生きてきたつもりです。
あ、でも思い出しました。
一度だけ、
高校ん時、夏休み中の真夜中に学校の屋上に無断で入り、
友達10人ぐらいでバスケやってアコムだかセコムから警察に、
連絡がいっちゃって真夜中に教師や母さん達が呼び出された事があった。
でもさ、タバコを吸ったり酒を飲んでいたわけじゃないから厳重注意って事で、
納まったんだよな。
あの時も、母さんは俺に、
「母さん ごめんなさい」
「やってくれるわね。息子殿、夏休みのいい思い出がひとつ増えたじゃない。
冗談はさておき、謝って許されることなら、母さんは、あんたのためにいくらでも頭を下げ てお詫びもするけど、こんな時間に呼び出された他の人たちはいい迷惑よね。母さんに謝る んじゃなくて、信じてくれた先生にありがと うって言いなさいよ」
俺のクラスの先生が、母さんに言ったんだって、
「今回のことは、許されることではないですが、
ケン太、彼奴がいてくれたんで酒、たばこって事にならなかったんですよ」
懐かしいな。確かにいい思い出にはなったよ。
そんな事、今はどうでもいいわい。
それより、今のこの状況をどうするよ、俺。
苛立てたのは俺だけじゃないみたい。
「なんだよ こんなところで立ち往生かい」
トラックの運転手がそう言って車から降りてきた。
俺もそれは困る。
俺も車から降りて進まぬ前方の様子を見た。
相当先まで車が詰まっている。前の状況が、まるで見えない。
反対車線に車も来ない。
しばらくして、パトカーがやってきた。
「皆様にご迷惑をお掛けしています。只今、この2キロ先で
トレーラーに積んであった荷物が、道路に散乱して両道を
塞いでしまっている状況です」
なんですとぉ。
作品名:Deo.gracias 作家名:蒼井月