お返し
キミのいる卓袱台に向かうと、キミは箱を開けてクッキーを口に入れようかとばかりに大口を開けていた。
「はい、素敵なレディ。これを読んで心がときめいたのなら ボクにその手にあるクッキーを あーん してください」
ボクの手から原稿用紙がキミの手に渡った瞬間、ボクは自身の十分に紅潮した顔を意識した。このまま キミを見続けていたほうがいいのか。恥ずかしさに背を向けたい気持ちとキミの変わるだろう表情を見逃したくない気持ちが交差した。
原稿用紙から キミの瞳を通してキミに語りかけるボクの文字は、今どのあたりを彷徨っているんだろう。迷わずにキミの心に届け。とメロドラマにもならないような台詞が頭の中を巡って行く。そのあとが 白く 白くなっていく。もう考えるのやめた。
そんなボクの目の前に蝶がひらひらするわけもなく、キミが四本の指先で手招きしていた。
ボクは、卓袱台に近づき、キミの傍にしゃがんだ。
「あーん」
ボクは招かれるまま、口を開けるとボクの買ったキミの大好きなクッキーが口の中に入ってきた。
「あ、ありがとう」
キミの顔は、やっといつものように それ以上に微笑んでくれたように思えた。
「では、ワタシもひとつ」
「はい、あーん。ほら、あーんして」
ボクは、ナッツがのった小さなチョコ色のクッキーを口の中に入れた。
「美味しいにゃん」
キミの歯が、サクサクッと小気味良い音を立てクッキーを噛み砕く。今日はその歯で噛まれなくて良かった。
「ん? 指は 食べちゃダメでしょ」に苦笑いのボクだった。
イテッ! 口の中噛んでしまった。
キミの頬が膨らむ。思いっきり笑いを耐えたという顔だ。
「今は、これだけにしておく」
キミは箱の蓋を閉じた。やっぱり女の子なんだな、きっと太るのを気にしているんだ。
「一度に食べたら 勿体ない。逢えない時にひとつずつ食べたいから」
(いかん。ボクの涙腺が…… 鼻の奥がツンツゥーンと痛い……)
耐えていても 今にもバレそうなボクは、机へと向き直り、キミに背を向けた。
キミが ボクの背中にくっついてきた。
どうしたの? とばかりに脇から覗き込んできたキミの瞳がボクを見上げる。
顔を見られるよりいいやとばかりに ボクは振り返り、キミを抱きしめて顔を逸らした。
「あったかいにゃん」
見えなくても幸せそうなキミの顔が、ボクの胸元で微笑んでくれているように感じた。
ボクとキミは こんなに近づけるようになったんだね。
「クッキーよりも 嬉しかったよ。速攻のラブレター」
原稿用紙一枚 約四百字。
これがボクの手作りのホワイトデー。キミへのお返し。
倍返しでも 四返しでもないけど 原稿用紙に綴ったボクが居る。
キミは 何度も読み返して 微笑み返し。
ただそれだけなのに……。
(やったぁ! 大好きクッキーやチョコレートに勝ったぞぉーーー!)
― 了 ―