お返し
翌日の午後 玄関で音がした。
この部屋の鍵をもっているキミが鍵穴に差し 回したようだ。
カチャ。(お、開いた)
カチャ。(あれ、閉まった)
玄関のチャイムが鳴った。
チャイムを鳴らすなんて どうしたのかなぁ。
ボクは、ノブを回し 扉を開けると、キミがいつも通りの笑顔で立っていた。ボクはすぐにでもキミを抱きしめたい衝動を抑え澄まして言った。
「どうぞ」
「はい」
それは 返事ではなく、手に持った紙片を差し出した合図だった。
【ちけっとにゃん 本日限り有効】
手書きの手作りチケット。
色画用紙とサインペンで書かれたチケット。
猫のあしあとスタンプが押してあるチケット。
「はい」
「はい確かに。では靴を脱いで 奥の独書室 卓袱台前へどうぞ」
「本日は、お招きありがとうございます」
キミは、ボクの脇をすり抜け、いつもの敷物のところ 卓袱台の前にちょこんと座った。
その様子にボクは次の行動を忘れ、ぼんやりキミを視界から外せずに見つめていた。
キミの顔がこちらを向いて はっと気づいた。
「あ、そうそう。先日、といっても それから何度か逢っているけど・・・」と言葉を掛けながらボクは、キッチンの棚にしまった紙袋を取りに行き「・・・これ、お返し」とキミに手渡した。
「ありがとにゃん」
そう言ってキミは微笑んでくれたけど、何か物足りない反応だ。
――わぁ嬉しいぃ。可愛い包みだにゃん。ねえ 開けてもいい? にゃんだろう…
――わぁ美味しそう。ねえ 今食べてもいいかにゃん? んーどれから食べよかにゃん。
――はい、あーん。いっしょに食べよ。
なんて 来るかと思った。
ほっとするような 淋しいような反応のなさにどうしたらいいのだろう……ボク。
「外。寒かった?」
キミの返事が返ってこない。
「どうした? 今日は雪だるまでもないし、雪うさぎでもないでしょ」
「素敵なレディ」
「あ、そう……」
新しいパターンだな。まったく 可笑しなキミに巻き込まれていくよ。
「あの、開けてもよろしいかしら。それから…… お返事をいただけますか」
そっかぁ。
ボクの返事。ボクの言葉。ボクの気持ち。
ボクは、立ち上がり机に向かった。気の利いた綺麗な便箋など持ち合わせがない。ボクの熱が冷めないうちに ボクの今の気持ちをキミに送らなければと思った。
書きかけの原稿用紙を捲り、ボクはお気に入りの万年筆で書き始めた。
ボクの返事。ボクの言葉。ボクの気持ち。
文字を綴るたび、湧き上がってくる。自分でも不思議だ。文字が生きてくる。
これがボクの仕事なんだね。良かった、素直な気持ちを言葉を綴ることができてと文字に感謝しながら、ボクは一枚の原稿用紙を書き上げた。
ボクの気持ちは、余すことなく書けただろうか。