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みやこたまち
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アバンチュール×フリーマーケット ~帰省からの変奏

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3.観光列車の二人



 男と女は観光列車の中、昼前の車両、程よい混雑、誰も目立たない、誰も詮索しない、みんな訳有りのご同輩。この時間、観光列車に乗れる身分の人間、まっとうな人間とは違う。よそよそしい顔、怯えた顔、女と男の顔だけ、場違いな程の明るさ。おざなりの自己紹介を、あけすけに、正直に。「わたし、部屋の荷物は、もう、実家に発送してしまったの。だからわたしの持ち物、このショルダーバッグひとつきり。中には、化粧品の入ったポーチ、メモ帖、ボールペン、いろんなカード、財布、それと、文庫本が一冊。タイトルは、『錯乱の論理』」「花田清輝」「そう。読んだことある?」「名前だけ知ってる」「貸してあげましょうか」「電車を降りてから借りることにする。酔ってしまうから」「まあ。ナビゲーターにはなれないわね」

 トンネルだ。トンネルだ。窓が鏡になる。窓の外にも車内が有る。その窓にも車内が映る。人がいる。カーテンがある。外を見つめる人が映っている。窓の外の車内を見つめている。映っている。どこまでも、どこまでも。窓の外も車内。外も中。外が消失。全部内側。女も見つめている。通路側の男、灰皿とテーブルをいじっている。手持ち無沙汰の証拠、いつもは窓際に座っている証拠。「トンネルに入る瞬間と、出る瞬間、どちらが好き?」男、考える。トンネル終わる。外部が戻ってくる。間違いようの無い、外と中との境目。「俺は、トンネルの中を走っている時間が好きだな」そのこころは?「トンネルの中っていうのは、なんというか、時間が停まっているような気がするんだ。確かに走っているんだけれど、意識の中では、トンネルに入るとき、通化しているとき、出たときの三点に区切られているような気がする。どんなに長いトンネルでも、出るまでは、とても間伸びした一瞬であるというふうに思えてならない」「そういうのがすきなのね」「時間のよどみ、空間のねじれ、交錯、そういうのを愛してしまう」「麦焼酎のCMみたい」あなたはきっと、大人になることを怖れているのね。

 女の歌、美しい声で奏でる、四方山話。男、上機嫌になりかけるが、再び灰皿を出したり、引っ込めたりし始める、うつむいて。「時間は俺とは無関係に流れている。俺は時計を持ったことが無い。けれど、誰かの時計に従って運営されるこの世のしくみを利用できる。必要な時だけ、利用させてもらう。一律の時間なんて、信じない。世の中のよどんだような流れ、腐った水の源、俺は自分の流れさえ作れればそれでいいと思っている」「私は、あなたと一緒に進んでいる」「君も俺も、もしかしたらこの、観光列車に乗っているすべての乗客も、そういうふうに考えているかもしれない。幾人かは、俺と同じ駅に降りる。幾人かは、既に降りてしまった。幾人かは、もっと先まで座りつづける」「観光列車に乗ることで、どこかへ向かっていると考えるのは思いあがりだわ。甘えているのよ」「もちろん我々は、ただ座ってじっとしているだけさ。そこのところを勘違いすると、観光列車の罠に捕らえられてしまう」「そうね」「ひいては、鉄道の陰謀、もしくは全世界の時間を司る唯一の時計の策謀」
「シートに仕込まれた刃が我々を傷つけようと狙っている。だからこそ、俺達は座り続けているという認識を受け入れつつ、手段と目的を混同してしまわないということに心を砕くべきなのだ」「鉄道に目的は無いわ。目的は、私達が作るものよ」「大時計の策謀は、ソフィストケイトされすぎていて、攻撃を仕掛けてはこないのさ。だが、蜘蛛の巣のように張り巡らされた全てのシステムに目を光らせ、反乱分子を排除しようとしている」「秩序維持のための必要悪までもそのシステムに統合しつつ、懐の広い長老のように落ちついて、悩み、妬み、幸せを必要なだけ与えている」トンネルだ、トンネルだ。「そういうそういうそいう偽善偽善偽善ををを憎み憎み憎み、、、仕掛けられた罠から超越超越超超越するためににににに、時間、時間から、時間からの、時間からの離脱を、試みなければればればればならない」「そういうことならば、さっきの言葉は、取り消すわ。あなたはトンネルの中を走る時間が好きなのね」「止まってはいけない。通過こそ全てさ。生きるっていうのはそういうことなんだと思う」

「アウトローを気取るわけじゃないけれども、平日の朝、通勤ラッシュの電車を、帰省のために利用するってのは、十分に反社会的行為だったと思わない?」と言いながら、男の故郷はこの沿線の果てには無いということから目を逸らしている。
「アバンチュールってのも、一回りか二回りして、悪くは無いと思う」と女はモノログする。聞こえるか、聞こえないか、いや、かすかに聞こえるように調整された心の声の効果を確認しながらも、「結末は死、という分かりやすいロードムービーの王道にはまってみるのも悪くは無いわ」と、こちらは全く言葉に出さずに考えている。
 決まったレールを進むのも、悪いことじゃない。と学生は教師にむかってつぶやく。生徒会長は、そんな言葉を投げかけている学生を恨めしく思い、教師に対して嫉妬する。嫉妬はやがて、自己卑下へと姿を変える。それが会長の思考回路。学生は知っている。知っていて、気の毒だと考えている。教師はやはり、学生から、生命の波動を感じることができないでいることを不安だと思っている。
「よりよく生きたいと思うことは恥ずかしいことじゃないし、そのために努力をするのはかっこ悪いことじゃない」
「先生は、今に満足できないんですか」
「いいえ。そうじゃない。」
 会話はこのあたりを旋回する。だがこれは、誰の忘れ形見だ?