小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

愛を抱いて 29

INDEX|2ページ/3ページ|

次のページ前のページ
 

「男が部屋に来る事が、そんなに嬉しいのかい?」
柳沢が云った。
「失礼ね。
私はまだそこまで、都会に染まってないわ。」
「じゃあ、何でそんなにニヤけてるんだい?」
「あら…、ニヤけてた? 
私…。
嘘でしょう?」
フー子は頬に手を当てて笑いながら台所へ行き、コップとジュースを持って出て来た。
「でも、フー子ちゃんは一頃に比べたら、すっかり元気になったわね。」
世樹子が云った。
「ま、どうせ人間なんて、いつまでも落ち込んではいられない軽い生き物なのさ。」
柳沢は云った。
私はベランダへ出て、洗濯物を洗濯機の中へ詰め込むと、標準サイクルのボタンを押した。
「やあ、鍋物の美味い季節になりましたなぁ…。」
部屋へ戻るなり話題から大きくかけ離れた事を云い、私はみんなの会話を中断させてしまった。
「鉄兵、お腹空いてるの?」
フー子が訊いた。
「あ、俺、空いてる。」
柳沢が云った。
「何? 
あなた達、世樹子にちゃんと作ってもらってるんじゃないの?」
「彼女は鉄兵のためにしか、作らないんだ。」
「あら、そんな事ないわ。
私、料理上手くないから…。」
「そりゃあ、ま、香織と比べたら、世樹子が可哀相よ。
香織は器用って云うか、何やらしても上手いものね。」
「そんな事云って、フー子ちゃんだって料理上手いじゃない。
私だけなのよ、不器用なのは…。」
「無芸大食って奴か。」
私は云った。
「そうなのよ…。」
世樹子は下を向いてしまった。
「鉄兵ったら、自分は全然できない癖に、よく云うのね。
感心するわ…。」
フー子が云った。
「だいたい、あなた達は、一人暮らしをしていてもあまり意味がないのよ。
普通一人暮らしをしたら、男の人でも料理ぐらい上手になるものなのに…。」
「俺達だって、上手くなったさ。
作るのじゃなくて、作らせるのが…。」


                           〈五八、児童公園事件〉






59. ホワイト・クリスマス


 「実はフー子ちゃんには、得意な料理が1つあるのよね。」
世樹子は云った。
「勿論、他の料理もみんなハイ・レベルなんだけど、これは特にっていう、スペシャル・メニューが…。」
「あ、駄目よ世樹子、云っちゃあ。」
「どうして?」
「何だい? 
世樹子、早く云い給え。」
「駄目だってば。」
「あのね…、親子丼なの。」
私と柳沢は一瞬、顔を見合わせた。
「いいわよ。
笑いなさいよ。」
フー子は云った。
「どうして笑うの?」
世樹子は不思議そうに云った。
「そうだ。
どこに笑う理由があるんだ?」
「じゃあ、今の一瞬の間は何よ?」
「いや、ただ、意外な名が出て来たから…。」
「フー子ちゃんはね、親子丼作るの、凄く上手いのよ。」
「あれって確か、底の浅い皿みたいな鍋で作ると上手くできるんだよな。」
「実は俺、親子丼には眼がないんだ。」
「そう云えば鉄兵君、ああいう玉子丼みたいなの、好きなのよね。」
「そんなに美味いのか…。」
「私の親子丼は天下一品よ。」
「君の親子丼が食べたい…。」
「そう来ると思ったわよ。
今夜は材料がないから、今度ね。」
「作ってくれるの?」
「ええ。
鉄兵がとっても好きらしいし…。」
「今度じゃ、厭だ。
日時も約束してくれ…。」
「今度のいつでも良いわよ。」
「明日は?」
「明日? 
また、えらく急ね…。
明日は駄目よ、バイトがあるもの。
そんなに急かさないでよ。
何か精神的圧迫を感じるじゃない。
のんびり待っててよ。
その方が作りやすいわ。」
「フー子の親子丼が食べたい…。」
私は慈悲を求める眼をして云った。
「解ったわよ…。
じゃあ、1週間後ぐらいにしてよ。」
「来週の今日、10日木曜日。」
「OK。
いいわ。」
「万歳!」
「ちょっと…、私、確かに親子丼には自信あるけど、あまり期待を寄せ過ぎちゃ厭よ。
作ってあげないからね。」
「はい、女将さん。」
「…あなた達の一人暮らしには、やっぱり意味あったみたいね。」

 私と世樹子と柳沢の3人は、三栄荘へ戻って来た。
柳沢は早々に自分の部屋へ引き揚げた。
「もうすぐクリスマスね…。」
私が布団を敷こうかどうしようか迷っていた時、世樹子はぽつりと云った。
「もうすぐじゃないだろう。
まだ3週間もある。
この前もそんな事云ってたけど、君達は本当に気が早いな。
そんなにクリスマスが好きかい?」
「女の子はみんな、クリスマス好きなんじゃない? 
ホワイト・クリスマスなんて、とってもロマンチックだと思うな。」
「東京では、ホワイト・クリスマスなんてあり得ないだろう。」
「そうよねぇ、やっぱり無理よね。
クリスマスに雪が降りっこないもの…。」
「無理だよ。
でもあり得ないから、ロマンチックに思うのかも知れないぜ?」
「そうね。
東京のクリスマスって、どんなかしら…?」
「雪は降らんだろうが、きっと寒いんじゃない?」
「でもやっぱり、雪降って欲しいわ。」
「…そんなに降って欲しいのかい?」
「私、憧れてるのよ。
ホワイト・クリスマスに…。」
「よし、じゃあ、俺が降らせてあげよう。
君のために。」
「本当?」
「ああ、約束は守る。」
「どうせ、柳沢君と屋根へ上がって紙吹雪でも降らせようと考えてるんでしょ?」
「あれ…、どうして解ったの…?」
「鉄兵君の考える事は、もう、よく解ってしまうのよ。
でも、嬉しいわ。
絶対よ、約束してね。」
「うん。
今年のクリスマスには、必ず雪が降る。
俺が降らせる…。」

 12月は学生も忙しい。
冬物の服は値段が張るので、財布が寂しくなっている処へ向けて、やたらパーティーやイベントが企画される。
アルバイトとコンパに追われるのが、通常であった。
さらに男性軍には、クリスマス・プレゼントという、よりによってこの時期を選ばずとも良いものをと、我々を嘆かせる代物が課せられた。

 そして12月7日はやって来た。
それは大いなる転機の日であったのだが、私は風が変わったとは感じなかった。
ただ、慌ただしさの中にいたせいで、気づかなかっただけなのかも知れなかった。

 朝、私は英語の試験を受けるために、しっかり起きて、沼袋駅へ歩いていた。
踏切りの向こうを、女が一人歩いて行くのが見えた。
私は近づいて声をかけようとした。
「あら、鉄兵君。
久しぶり…。」
私に気づいて、和代は云った。
「本当、久しぶりね。
元気…?」
「まあね。
君は?」
「どうかしら…。
一応、生きてはいるわ。」
和代の顔を視て、やつれたなと私は思った。

 「この頃、随分お酒に強くなったのよ。
もう鉄兵君なんかと一緒に呑んでも、互角に渡り合えるわ、きっと…。」
電車の中で和代は云った。
「毎晩呑んでるのかい?」
彼女の肌は日に焼けたのかと思うくらい、以前より土色がかって見えた。
「ええ、毎晩よ。
作品名:愛を抱いて 29 作家名:ゆうとの