シロノノロイ
少年はそんな真白の様子に、ただでさえ鋭い目つきを、いっそう険しくした。
なにか少年の気分を害する様なことをしてしまったのかと真白は身体を硬くしていたが、それには目もくれず少年は振り返り歩き出す。真白が呆然とその様子を眺めていると、不意に少年は肩越しに振り返ると、顎をしゃくった。
(……『ついて来い』ってことかな?)
少年の正体は分からないが、あの影達やさっきの光る玉のことを知っていそうだった。
真白は胸に当てた手を、ぎゅっと握りしめると再び歩き出す少年の後を、小走りに追った。
黒髪の少年の後を追って辿り着いたのは、真白が影に襲われた神社だった。最初、真白は少年の行く先が件の境内だと分かるとさっきの影達がまだいるのではないかと少年の後ろに隠れるようにしていたが、幸いなことにそこにあるのは月明かりに照らされた神社だけだった。
少年は躊躇いなく本殿へと上がると、勝手知ったる様子で戸棚からマッチを取り出し四隅の蝋燭に火を灯し始めた。その慣れた様子を見るに神社の関係者なのだろうか。部屋が明るくなるにつれ、真白は自分の身に何かが起こったことを明確に意識することになった。
(わぁ……!私のカラダ、真っ白だ……)
着物はまるで色が抜き取られたように白く変化し、桜の花びらの模様もすっかり消え去っていた。お気に入りの腕時計も文字盤だけを残して色が抜け落ちている。髪の毛も同様だ。元々肌は色白の方だったが、今では着物と同化してしまいそうなくらい異様なほど白くなっている。
自分の身に起こった事態に、疑問を感じている真白を、板張りの床に正座した少年が手招きで呼んだ。
暗闇では真っ黒に見えていた髪の毛は、少し藍色がかっているようだ。しかしながら暗闇の中で見た仏頂面は健在だった。
少年に釣られて真白も正座すると、少年は戸棚から取り出した紙とペンを真白の前に置いた。
“なにか聴きたいことは?”
行書体に近い、達筆な文字だ。
(『筆談しよう』って事なのかな?)
少年の字の下に可愛らしい丸文字が並ぶ。
“字がきれいだね”
それに少年は少々面食らった様子だったがすぐに険しい目つきに戻っていた。
“そうかな。あんな目に遭ったのに落ち着いているんだな”
“ううん、ホントは怖いよ。表情に出にくいだけ”
母が亡くなった時から父に気を遣わせないように、暗い感情は表に出さないように暮らしてきた癖がこのような異常な状態に対する恐怖までも押さえ込んでいた。
“私どうなっちゃたの?死んじゃったの?”
“まだ死んでない。「ノロイ」に七つの魂を盗まれて亡霊となり、この二重世界に迷い込んでしまったんだ”
淡々とそこまで書いて少年は真白にペンを、質問を求めるように差し出し、真白は少し考えるようにそれを受け取った。
“二重世界ってなに?それに「ノロイ」って?”
“お前が元いた世界とは別に在る世界、そして今いる世界が『二重世界』。村人や観光客なんかは元いた世界にいるから、現実と同じ場所で展開しているここから出られればまた会えるはずだ”
親友の祐子や父がこの怪異に巻き込まれていないことが分かって、真白はホッと、胸をなで下ろした。
ここで少年は一度書くのを止めて、真白にペンを向けた。真白が首を振ったので、少年はさらに書き出した。
“ノロイって言うのは、生き霊みたいなもの。お前が川に沈められていたのも、『蛇魚』ってノロイの仕業だよ”
それから少年は顎に手をやって考えると、“普段は、滅多に人を襲うことはないんだけどな”と付け足した。
今度は真白がペンを取った。
“わたし、死んじゃうの?”
書かれた字は震えるように歪んでいた。
“今のお前は身体に魂が染みついているからまだ生きているけど、長くは保たないと思う。完全な人に戻るためには、盗まれたあと六つの魂を、盗んだノロイを捜して取り戻すんだ”
『長くは保たない』、その言葉に真白は自分の死というものがどんどんと現実的になっていくのを感じて、両掌をきゅっと握り込んだ。少年はしかめっ面から少しだけばつの悪そうな顔でしばらく真白を見ていたが思いついたように一言付け加えた。
“心配するな。俺も手伝うから”
この少年の説明が真実なのであれば、自分はその「ノロイ」というものに魂を奪われ、現実世界からこの二重世界に移動してきたということだろうか。そしてこの少年も……。しかしそうなのだとしたら、なぜこの少年はこんなにもこの世界のことに詳しいのだろう。
(なんで……)
“なんで助けてくれるの?”
少年は鋭い目つきを緩めることなく、しかしどこか満足げに、
“それが、役目だから”
と、返した。