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アサヒチカコ
アサヒチカコ
novelistID. 50797
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わたしの声がきこえる

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 くちぐちに文句を言いながら、改札へ向かう階段をのぼる。大きなスポーツバッグを背負い、日焼けした男子中学生の群れ。スカートをぎりぎりの丈まで巻きあげ、アイスをなめる女子高生。腰をおりまげながら、ゆっくりと通路を歩いていくお年寄り。いつもと変わらない、この町の駅の光景だ。
 改札を出て、東口の自宅へ帰る睦子と別れる。七緒と西口を出て、住宅街へと入る。商店街にさしかかると、訪問販売中の亮太に出くわした。今日試作したばかりだというオレンジピール入りの食パンを一枚買い、七緒とハルタの前で別れる。家に着いてみると、玄関先に父と母が立っていたのでおどろいた。たしかに、駅に着いたときにメールはしたけれど、こんなことは今までなかった。
「え、ふたり揃ってどうしたの」
「だってあんた、また帰ってこねぐなるんでないかど思って」
 母は涙目になっていた。親が泣くのを見るなんて、いつぶりのことだろう。なんと声をかけていいのかわからなかったので、とりあえず笑ってみせることにした。
「うん。ただいま」
 そこでふと気がついて、腕時計を見る。時間がない。
これ私の部屋につっこんでおいて、と父にキャリーケースをあずけると、ショルダーバッグの中身を確認する。携帯電話、財布、メモ帳。よし、忘れ物なし。
「ごめん、私これから仕事だから! 九時すぎには帰ってきます」
 そう高らかに宣言して、私はもと来た道をかけ出した。「ちょっと休んでからでもいいでないのっ」と、半ば怒ったようにさけぶ母の声がする。私はほんの少し振り返って、大きな声で「そんな時間ないんだよー」と返事をした。
 バッグから取りだし忘れた陶器の猫が、揺れてことことと音をたてている。靴底が地面をたたく音が、不思議に心地いい。この足で、私はいったいどこまで行けるのだろう。まるで抱きとめてくれるかのようにひろがった青空が、ずっと向こうまで続いている。