愛を抱いて 25
50. 東京観光専門学校合コン
恵比寿で地下鉄日比谷線に乗り換え、六本木で降りた。
「アマンド」の前へ行くと、4人の男が煙草を吹かしながら立っていた。
「遅いぞ!
幹事!」
「何やってんだよ!」
「失敬、失敬。
ちょっとニューヨークの友人から急用の国際電話が入って、そのすぐ後で、今度は証券会社から…。」
「馬鹿云ってんじゃねぇよ!
…ところで、彼女達はどこにいるんだ?
それらしき姿が全然見当たらないが…。」
「ああ、待ち合わせはロア・ビルの前なんだ。」
「何だよ。
じゃあ最初から、そっちって云えよ。
男4人で退屈させやがって…。」
「失敬、失敬。
ちょっとニューヨークの…、痛ぇな…。」
我々は狭い舗道を歩き始めた。
「お前、部屋に3人もの美女を囲ってるって、前々からの噂だが、美味しい物は、みんなで頂くべきだぜ。」
私と肩を並べて歩きながら、西沢は云った。
「遠慮なく、頂いてくれ。」
「ああ、勿論そうする。
今夜の合コンを、よくぞ決心してくれた…。」
夜を迎えたばかりの六本木の街は、まだ完全に眼を醒ましてはいなかったが、舗道は若い連中で混雑していた。
世樹子は私の姿を眼にすると、集団から離れてこちらへ近寄って来た。
「鉄兵君…。」
「よっ、待った?」
「いいえ。」
世樹子は笑顔を零した。
「とっても楽しみ…。」
「何が…?」
「何って、合コンよ。
今夜の。」
「ああ、そうだな…。
紹介しよう。
こいつ等が…。」
私は後ろを振り返ったが、そこにクラスの連中の姿はなかった。
私は仕方なく、前を指差して云った。
「あの、とんでもなく手の早い連中が、残念な事に俺のクラスの仲間だ…。」
「そう…。
視るからに、元気満々って感じの人達ね…。」
西沢と何か喋っていたヒロ子が、こちらへ笑いかけながら手を振った。
幹事はローテーションで皆が務める事になっていたが、大体において幹事の者は、その合コンを心から楽しめない事が多かった。
その夜の東京観光専門学校との合コンにおいても、幹事である私が貧乏クジを引かされるのは仕方ない事であったが、それ以前に、私はもう合コンに興味を失くしていた。
「鉄兵君と世樹子は隣に座っちゃ駄目よ。
今夜は全員で楽しむんだから…。」
店に入るなり、ヒロ子は云った。
この連中に限って、そんな心配は要らないがと思いながら、私は黙っていた。
私と世樹子は対角線上に座り、私の右隣りには理恵が、左にはヒロ子が座った。
ヒロ子の向う隣りには野口がいて、その向うにまた一人女がいた。
理恵の前には西沢がいて、女を一人挟んで、ヒロ子の前に柴山が座っていた。
世樹子の隣の一番端には、森田という男が座っていた。
この森田という男は、合コン愛好会のメンバーではなかったが、欠席した淳一の代わりにその夜初めて、我々の合コンに参加したのだった。
語学の講義はクラス別に行われたが、教室の最前列辺りには、法曹界を目指す連中が座っていた。
我々は当然いつも一番後ろの席に座ったが、我々から一番遠い席にいる、司法試験は無理としても上級公務員試験や国税専門官の試験等には本気で取り組むと思われる、その集団の中の森田は一人であった。
我々が夥しい数の合コンをやっているという噂は、クラス中に広まっていたが、森田はいつも頻りに我々に話かけて来た。
私と淳一と西沢の3人は全く無視していたが、野口と柴山は適当に相手をしてやっている様子だった。
「理恵ちゃんは、サーファーだったのかい?」
私は訊いた。
理恵は「オフ・ショア」のトレーナーを着ていた。
「別にそうじゃないけど、サーフィンは好きよ…。」
私は以前ディスコで世樹子やヒロ子と出逢った時から、彼女とも既に面識があった。
「今夜は淳一が来れなくて、残念だったね。」
「淳一って…?」
「あれ?
忘れちゃった?
ほら、『マジック』で君がチークを踊った男さ。」
「ああ、あの人ね…。
よく覚えてるわよ…。」
彼女の表情から、私は素早くある事を読み取った。
(淳一の野郎…、昨日俺にあんな事云いながら、自分も隠し事をしてやがったな…。)
私は、淳一はその夜の合コンに来れなかったのではなく、来たくなかったのだという事を知った。
また、私は本当に忘れていたのであったが、彼はわざと翌日の東観との合コンの話に触れなかったのだという事も理解した。
(あの野郎…。)
淳一と理恵の間に起こった詳しい出来事について、推し量るのは困難であったが、何れにしても、彼が彼女とスマートに終われなかったのは、確実であった。
私は淳一の名を口にしたのを、彼女に悪意と受け取られたに違いない事を、少し残念に思った。
「ところで…。」
西沢が云った。
「どの娘が香織ちゃんで、どの娘が世樹子ちゃんとフー子ちゃんなんだい?」
私は、くわえかけた煙草を落とした。
ヒロ子が笑った。
「香織ちゃんとフー子ちゃんは、この中にいないのよ。」
世樹子が云った。
「でも、世樹子ちゃんは、この娘よ。」
ヒロ子は斜め前の世樹子を指した。
「…?」
西沢は自分が拙い発言をしてしまったらしい事に気づき、控え目に訊いた。
「じゃあ…、中野ファミリーっていうのは…?」
「今夜の女の子達は、中野ファミリーとは関係ないんだよ。」
私は云った。
「え…、でも、世樹子ちゃんは中野ファミリーの人なんだろ…?」
柴山が云った。
「あら、私も中野ファミリーに入ってるわよ。」
ヒロ子が云った。
「香織ちゃんもフー子ちゃんも、よく知ってるわ。」
「…?」
「香織ちゃんていう人、私も顔だけ知ってるわよ…。」
理恵が意味あり気な微笑みを浮かべて、私に云った。
「ちゃんと伝えておかなければ、不様を演じてしまうかも知れないって事だな。」
西沢が云った。
「私達は一応、あなた達の難しい関係について、うっすらと聴いて知ってるわよ。」
理恵は、また私にだけ聴こえる様に云った。
「いや…、自分が不様を演じるのは別に構わないんだが、知らないで、相手を傷つけてしまう事があるんだよ。」
私は云った。
理恵は真面目な顔になった。
「…そう。
知らなかったの…。」
彼女は眼線を下げて云った。
私は彼女に何と云ってやれば良いか、思案に困った。
そして、こう云った。
「あいつは良い奴なんだが、悪い奴だ…。」
淳一が、理恵と世樹子が友人であるため、私に気を使っている事は眼に見えていた。
そして西沢達はその夜、私のためにハードな言動を控え、健全な合コンを形作ってくれた。
トイレで西沢と一緒になった時、私は彼に云った。
「俺の内輪がいるからって、遠慮する事ないぜ。」
「何云ってやがる。
どう視ても、あの中で世樹子ちゃんが一番可愛いじゃねぇか。
次に綺麗なのが、あのヒロ子って娘と来てる。」
「ヒロ子と俺は全然関係ないぜ。
世樹子でもヒロ子でも、構う事ないから口説いてくれ。」
「ああ、構っちゃあないが、口説かれてくれないのさ。