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twinkle tremble tinseltown 9

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picnic


 天気が良く一日暇だったので、レスは女と共にピクニックへ出かけることにした。


 フィラデルフィアからの帰路を時速80マイルで駆け抜けた帰宅したのは昨晩の10時。一晩寝れば体力は70パーセントまでは回復している。
 クリスタの方も昨晩取った客は一人だけ。目の下の隈は心なしか薄く、仕事前にべったりと塗っている口紅も綺麗に落としてあった。

「途中で何か買っていかなきゃ」
 マットレスの下から10ドル札を数枚引っ張り出そうと屈み込んだ時、大きな尻が左右に振れる。
「ハンバーガー? コーラ? あんたはビールね」
「好きなのにしろよ」
 昨晩さんざん掴んだり撫でたりしたものをしげしげと見下ろし、レスは頷いた。彼よりも二つ年かさのクリスタは出会った頃から娼婦で、生まれたときからそうだったのではないかと思わせるような汚さと強かさを持ち合わせていた。
 肉体もなかなかのもので、胸は大きいしほうれい線も薄い。尻はベッドのスプリングが入っているかのようだった。レスのように毎朝意味もなく走ったりしないし、間食だってそれなりにつまんでいるのに。
 とにかくそこらの女とは紙一重とは言え違うのだ。二人並んで歩いていても許される程度には。そう思い込める程度には。逃げ出したい気持ちに駆られ、傷だらけになったカウボーイブーツの先端で何度か床を蹴る。
「とにかくさっさと行こうぜ」
「せっかちね」
 見上げた首筋のたるみと目尻の笑い皺が、暗い安堵と冷笑を誘発する。揺れていた心がようやく動きを止めた。


 通りを歩きながらの会議で、目的地を町の中央にあるグリーンファング公園と決めた。
 名前に反して植物はそれほど多いわけではないが、小さな池がある。昼間はあひるが、夜中はホームレスが水浴びをするらしい。歩いて20分も掛からないし、ほんの少し回り道すればパパ・ナイジェルの経営する「ナイジェル・ランチ」に寄ることが出来る。稼いだ金を貰うのだという。手持ちはあるとレスが止めても、クリスタは頑として自らの意思を曲げようとしなかった。

「あんたの言うことほど怪しいものないし」
「お前に言われる筋合いないぜ」
 唇を引き結び、レスは言った。
「俺は人の車からカーステレオ引き剥がして売ったりしないからな」
「なによ、女の腐ったみたいに昔のこと」
 手にぶら下げた小さなバッグを開いて中を覗き、首を振る。
「ちょっと寄るだけじゃない。それにマーフにサンドイッチ作ってもらえばいいわ。あの子ほんとに気が利かないけど、あれだけは得意なの」
 平日でも朝が遅いこの近辺は、昼前の時間帯にさしかかった今、ようやく人の動く気配を感じることが出来る。茫洋と建った築30年ほどの家々は中途半端に上へ伸び、せっかくの春の陽気を少なくとも三分の一は遮っていた。くすぐるような風は失せ、絵の具で均一に塗りつぶしたかのような青い空は縁が白く滲んでいる。
 半袖で出かけてもよかったかもしれない。隣のクリスタのように。こちらはと言えば、洗濯かごから適当に拾ってきたシャツの下、既に脇が汗ばみ始めている。
「ちょっとだけ」
「ちょっとだけだからな」
「大丈夫」
 締まりの悪いがま口が、かたかたと鳴る。既に何回か中身を路上へぶちまけたことがあるのに、クリスタはシークインのいかにも安っぽいバッグを捨てようとはしなかった。いともたやすく苛立ちの端緒を作るその音を止める方法として一番可能性が高いのは、レス自らが代替品を買ってやることくらいだろう。分かってはいたが、彼は同棲を始めて数年来、一度として殊勝な行動を起こしたことはなかった。
「ほんとかよ」
 呟きに返ってくるのは侮蔑的な肩の動き。本人は全く意識していない。癖としても悪意としても。


 染み着いた柄の悪さから逃れようとしてその癖密かに誇っているレスにとって、ナイジェル・ランチは職場と並び、気まずさを生み出す場所の一つだった。
 日雇いの職にあぶれた黒人から今時ゴールドのネックレスをひけらかすやくざ者まで。プロもいれば半端ものもいる。ほんの時々酔いに唆され小競り合いという名の干渉を行う以外は、それぞれが固まって内に立て篭もっていた。店は、一人の世界を築き上げる人間を拒絶しない。オーナーのあだ名通り、父親の如き包容力で全てを包み込んでいる。

 どこにも属することができないからといって、新しく自分だけの世界を作るのは一手間掛かる。同僚達が大陸を往復した日の晩に難なくこなす作業を、時々レスは出来ないことがあった。


 準備中の静けさを湛えた店の軒下でぼんやりと煙草をふかし、レスは青いままの空を見上げた。何臆することなくドアをくぐったクリスタは、中で若いバーテンダーと戯れている。甲高い声が外まで聞こえ、癇の虫を呼び覚ました。
 女が金を持ってくるのを待ってるなんて、まるでヒモにでもなったみたいだ。彼の義理の父親のように。いや、奴はきっちり仕事をしていた。ただ家へ金を入れず、自分で稼いだ分を好きにしていただけだ。
 俺はそんな腐ってない。共稼ぎって奴だ。誇っていいはずなのに、レスは自らの心がひどく醒めた目で内側から見つめているのを無視できなかった。差し込む日の光は確かな温度を持っている。動きを止めた途端じわりと滲んだ追加の汗が、シャツの背を湿らせた。


 遠目に映った頃から何となく意識はしていたが、近づいてきたのを見てようやく確信を持つ。短いパーカーと色褪せたジーンズ姿のフロリーは、レスを見ても微笑み一つ浮かべなかった。
「中入んないの」
「すぐに行く」
 仮にも医者なんて結構な職を持っているのに、どうして幼なじみはこんな女と付き合っているのか。微かに覗く腰の白い肌を見下ろし、レスは彼女を視界に入れるたび浮かぶ疑問を心中で捏ねた。
「仕事か」
「夜はね」
 どこにでも転がっている生意気さで軽く肩を竦め、耳を澄ます。
「あ、クリスタいるんだ」
「あいつを待ってる」
「中に入った方が良くない? 時間かかるわよ」
「サンドイッチが出来たらすぐ来るってさ。これから出かけるから」
「デートってこと? あんたはともかくクリスタが?」
 丸くなった目は心底からの驚きによって形作られていた。幾分むっとしながらも、憤慨する権利はないのだとすぐさま思い直す。
「悪いかよ」
「別に。らしくないってだけ。そんなサンドイッチ持って
ハイスクールのガキみたいなこと」
 幼い頃家族と住んでいた安アパートでよく見かけた、親の教育が徹底的に不適切だった子供の顔で、フロリーは顔を顰めた。
「いったいどういう風の吹き回しかな」
「あいつはそういうこと」
 するのか。するわけにないよな。どちらの言葉を吐こうかと躊躇し、結局唇の手前で止まる。
「しない」 
 例えどちらであろうとフロリーは特に頓着せず体を傾け、緩んだサンダルの紐を引き上げた。ずり落ちたパーカーから覗くブラジャーの紐は、比較的地味な服装に似合ない派手なオレンジ色。実年齢を知っているから鼻白むのであって、もしどこかの酒場で−−勿論ナイジェル・ランチ以外の−−出会ったなら、思わず引き付けられてしまいそうなほど、違和感は不思議と嫌悪を抱かせない。