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twinkle tremble tinseltown 9

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a day of office


 喪服というものはどれ程のあばずれをも聖女に変える。なかにはベールを付けた小さな帽子を被るだけで思わず生唾を飲みたくなるほどの淫蕩さを醸し出す例外もあるにはあったが、フロリーの場合は眦に浮かんだ心からの涙も相まって、非常に清潔な美しさを湛えていた。

「何で彼ばかりがあんな酷い目に」
 ぐずぐずと鼻を啜り上げるのを手元にあった脱脂綿で拭ってやりながら、キルケアは彼女を診療用の丸椅子へと導いた。葬儀に行く前からこれでは、埋葬の頃には顔の化粧という化粧が流れ落ちてのっぺらぼうと化しているに違いない。

 この涙が他の男のためのものであっても、今回は気にならなかった。故人はゲイだったらしい。恋人に死なれ、一人寂しくレストランで夕飯を取っていたらギャングの抗争に巻き込まれた。世間ではそう噂されている。
「星の巡りってあるのかしら」
「悪いときには悪いことが重なるものさ」
 朝の7時に鳴り響いた呼び鈴も、扉を開けざま目にした泣き顔も、眠りを完全に払拭するまでは至らなかった。パジャマに収めた自らの高い体温を上回る熱っぽい肌。普段と違うシャンプーの匂い。着替えている間に、防虫剤の匂いと相まって診察室を満たす。


 気まぐれな雨が止んだのは明け方近く、空気はまだ湿気を含んでいる。先ほど目にしたアスファルトはまだ色を濃くしていたし、日陰に当たる窓ガラスのサッシが結露でもしたかのように濡れていた。
 締め切った部屋と違い、外は肌寒かったのだろう。所在なさげに擦り合わされるストッキングに包まれた脚は、触れなくてもひんやりしているだろうと言うことが見て取れた。

 虐殺の話は耳にしていたが、彼女と知り合いだとは気付かなかった。どういうわけかゲイというのは女性に好かれる。今回フロリーが羅列した名前も華やかなものばかり、もっとも清純であるとは保証できない。数人とはこの部屋で話を交わしたことがある。

 混乱している人間に落ち着くよう言い聞かせること程無駄なことはないが、とりあえずコーヒーを出すことで促しては見る。案の定フロリーは一口含んだだけで後は見向きもせず、むしろカフェインの効用か言葉はより一層の迷走に陥った。
 ネットを捲り上げ、ようやく発見したハンカチで目元を抑える。白い布は早速マスカラとファンデーションに汚され、染め上げられた。
「でも彼ばっかり。小さいときから不幸なのよ。お金持ちだけど愛情不足の典型。お父さんに愛されなかったからゲイになっちゃって、入れ食いみたいに何人もの男と片っ端から寝ては捨てての繰り返しで。ようやく出会った優しい男はエイズか何かで死んじゃって、挙げ句の果てに蜂の巣にされるなんて」
 窓から差し込む朝日の中で、色を失った頬は化粧をしていても青白い。俯き、事務机に寄りかかったキルケアの靴が運命の女神であるとでも言わんばかりに睨み付けている。
 彼の記憶にある限り、このガールフレンドが自らに関する事柄でこのように憎々しげな表情を浮かべたことなど皆無だった。よっぽどお綺麗な男だったのだろう。少なくとも新聞に掲載された写真で見る分には。

「マシンガンで蜂の巣にされて見るも無惨だって。どうしよう。私そんな彼に会うなんて出来ない」
「心配しなくても、最近のエンバーミング技術はすごいから」
 海軍の巡洋艦に乗っていた頃、訓練中の事故でクレーンの鎖に全身を粉々に砕かれた下士官を見たことがあるが、医者になりたての彼が出来なかったことを、職人たちは簡単にやってのけた。
 不自然に折れ曲がった手足をプラスチックの添え木で正常な位置に据え、ただの穴になった鼻から骨の欠片を摘み出してシリコンの偽物をくっつける。流れた目玉をふき取って綿を詰め、砕けた頬骨を修復する。化粧で微笑みを上書きすれば完成で、献花の最中にまじまじと覗き込んだりしない限り、少なくとも人前に出せる姿にはなるだろう。問題は金がかかることだったが。貧乏な印刷オペレーター−−というのは副業で、本職は詩人の卵なのだと先ほどフロリーは口走った−−の棺は蓋が開かれることもないまま、粛々と墓地へ運ばれるのかもしれない。

 そのことについて嘴を入れると、最後まで不幸だの不運だのとヒーヒー叫ばれるのが目に見えている。残念なことにキルケアは、悲しくない事実には泣くことができない性分だった。
 せめて見せかけだけでも殊勝に振る舞ってやろうと思い、ふうっとブラックコーヒーにまみれた苦く甘酸っぱい息を吐き出す。
「葬儀代は?」
「有志のカンパ。両親はもう死んじゃって縁戚もいないからって。私も20ドル出したわ」
「慕われてたんだ」
「いい奴だったから」
 首がもげるほど勢いよく頷いてみせる。
「ハンサムで、繊細で、それでいてすごく優しくて。ゲイじゃなかったら誰もが彼氏にしたいって思うくらい」
 ハンカチから持ち上がった上目遣いは、思ったよりも潤んでいない。睫に引っかかった涙の粒を瞬きで振り払い、フロリーは微かに首を傾げた。
「こんなこと言っても怒んないわよね?」
 本心など自らですらさっぱり分からない。反応を保留して、キルケアはデスクへ浅く腰掛けた。下敷きになったカルテが皺を作ったのをはっきり尻肉で感じ取る。後悔を感じるは瞬きの間だけ。諦観は恐らく光よりも早く飛ぶ。

 そもそも最初から反応など期待していないフロリーは、再び腫れぼったい瞼をハンカチで覆って呻き声をあげる。
「あんな奴とは大違い」


 誰、と訊ねかけ、口を閉じる。シャンプー、そして防虫剤。頭の先だけ見えていた答えが、姿を露わにした。紳士同盟など女には通用しない。
 一番上のボタンが取れた襟元から、布と素肌の間に朝のひんやりした冷気が流れ込む。腕を組み、キルケアは目を閉じた。今度こそ、眉間に寄ってしまう皺を消すことができない。
「あいつの家で連絡受けて、可哀想ねって言ったら、眉毛一つ動かさないで『また一つ世の中がクリーンになった訳だ』だって。ホモ嫌いにも程度ってものがあるでしょ。あんまり腹立つから昨日のうちに出て来たの。こんなのってないわ」
 まくし立てる早口はディティールこそ取れないが、内容はじっとりと身に染み込んできた。背筋を通る冷たさに身を任せ固く結ばれた唇など、フロリーはそもそも見ているのかすら怪しい。手札をどんどん明かしているという事実など、気付きもしていないのだろう。言葉はひたすら続く。
「ニューヨークにいた頃、ルイスは私の出てた『ベルズ・アー・リンギング』を観たって。後から聞いたんだけど。オフ・ブロードウェイのほんのちっちゃな劇場で掛かってた奴なのに、すごく記憶力が良かった。ジュディ・ホリディよりもずっと溌剌としてたって褒めてくれたわ。嘘だって分かってても、嬉しかった。嘘ですら誰も褒めてくれなかったんだもの」
 既に化粧品がどろどろにこびりついた布でちょんと目尻を押さえ、柔らかく嘆息する。悲しみ以外の色が混じっていることへキルケアが鼻白むのに先回りして、フロリーは目を上げた。ベッドの中でも、これほどまで濡れた瞳を向けられたことはない。癇癪を起こしたときですら、これほど悲しみを表現できたことはない。

「良い男だったんだな」