karnanote
月の綺麗な夜のはなし
夜のとばりがすっかりと落ち、透き通る黄色い月だけがぽかりと浮かぶ夜でした。
静かな浜辺を歩く男女が二人。
「ねえ、見て。月がとても綺麗だわ」
「ああ本当だ。綺麗だね。でも、君の方がずっと美しい。好きだよ」
男はそう言って女の艶やかな髪を撫でた。
女は頬を赤く染めながらこう言った。
「嬉しい。やっと好きになってくれたのね。もうあなたは私のものなのね」
男は月に照らされ薄灰に光るひんやりとした砂浜に腰をおろして、呟いた。
「それはどうかな…」
男は遠く輝く月を眺めながら言った。
「あの月を見てごらんよ。いつまでも見ていたいけれど、朝が来れば消えてしまう。僕もあの月のようなものさ。手を伸ばしても手に入るはずもなく。僕も後何十年かすれば姿が見えなくなるんだ。それは明日かもしれないよ」
「悲しいこと言うのね」
「君だってそうさ。いずれは何もかも手放して姿を消してしまうんだよ。借りていた本を返すようにね、なんだって自分のものになんかできやしないのさ」
「じゃあ、消えてしまう寸前までは私のそばにいてちょうだい。それまでは、ずっと好きだと言って」女が悲しげに愛しく男を見つめて言った。
男は凛として答える。
「それもどうかな。僕の細胞は今この瞬間にも、死にゆき、新しく生まれ入れ替わり、体も頭の中も変わり続けてるんだ。明日の僕はもう今日の僕じゃない」
「冷たいこと言うのね」女が悲しげに言った。
「冷たくなんかない。君のためさ」男は優しくそう言った。
「嘘でもいいからずっとそばにいると言ってほしいわ」
「僕は嘘は嫌いだ」
「じゃあ、せめて今夜はそばにいて好きだと囁いて。あの月が沈んでしまうまで…」
「いいよ。愛してるよ…」
そう言った男の声を掻き消すように打ち寄せたさざ波の音が、女の耳に優しく儚げに響いた。
作品名:karnanote 作家名:BhakticKarna