オオカミ少年
ある村に羊飼いの少年がいました。少年の両親は若くして亡くなり、彼はひとりで暮らしていました。ある日突然、少年は村中に響き渡る声で言いました。
「大変だ!オオカミだ!オオカミだー!」
村人たちは驚いて少年のもとに駆けつけて来ました。
「おいオオカミだって。大丈夫かい」
「うん。もう行っちゃったよ。ケラケラ」
「何を笑ってるんだい、きみ」
「ううん、なんでもないよ。ケラケラ」
「まったくおかしな子だ」
村人たちがたくさん集まってくると少年はふざけたように笑い、楽しそうにしていました。村人たちは本当にオオカミが来たのか、いぶかしがりながら帰っていきました。何日かすると、少年はまた大声で言いました。
「大変だ!オオカミだ!オオカミだー!」
村人たちは、今度も飛び出して来ました。
「オオカミが来たってのは本当かい」
「うん、本当だよ。たぶんね。ケラケラ」
「このやろう、コケにしやがって」
今度も村人たちがたくさん集まってくるのを見て、少年は笑っていました。村人たちはその様子を見て腹を立てました。
「あの羊飼いの少年はウソばかり言って。もうあの子の言うことは信じないぞ」
村人たちは口々にそう言いました。それから何日かして、少年がまた大声で叫びました。
「大変だ!オオカミだ!オオカミだー!」
けれども今回は村人たちは誰も来てくれません。何度もうそをいう少年を、誰も信じようとはしなかったのです。
「オオカミだー!オオカミが来たぞー!」
少年は何度も言いますが、村人たちはしらんぷりです。いや、一人だけいました。ただ一人、村の少女だけが少年のもとにやってきました。「やっぱりうそだったのね」とためいきをつく彼女を尻目に、少年はとてもうれしそうです。
「あたし、あなた嫌いよ。どうしてうそばかりつくの」
「こうしないと、ぼくはいつまでも一人きりじゃないか。そんなの、いやだもん。ケラケラ」
「みんなに嫌われても、そっちのほうがいいの」
「当たり前さ。嫌われたって、一人よりはいいね。きみは知らないだろうけどね、一人はさみしいんだよ。死にたくなるんだ。ケラケラ」
「これからずっとうそをつき続けるつもり?」
「そうかもね。ケラケラ」
「あきれた」
少女は怒って、すぐに帰っていきました。しかしそれからというもの、少年が「オオカミが来たぞー」と叫ぶたびに彼女だけが駆けつけるようになりました。少年は彼女の家の羊もふくめて、村中の羊たちをあずかっています。彼女は少年がうそをついてるとわかっていても、「もしかしたら」と思い、けっきょく足を運んでしまうのです。
「またうそをついたわね」
「ごめんね。ケラケラ」
「すこしもあやまられてる感じがしないわ」
「そんなことないよ。ケラケラ」
「まったくもう」
何度かうそをつかれているうち、だんだんと少女は少年とお話をするようになりました。少年はどんな話でもケラケラ笑って聞いてくれるので、一緒にいて楽しかったのです。少年は少女の通っている学校についてたくさんの質問をしました。学校ってどんなところ。どんなことをするの。人はいっぱいいるの。給食っておいしいの。行っててたのしいの。少女が一つ一つこたえると、少年は面白そうに聞きながら、すこしうらやましそうにも見えました。
「あなたは学校には行かないの」
「うん。ぼく、羊見てなきゃいけないから。ケラケラ」
「誰かに代わりに見てもらうことはできないの」
「うん。だって羊飼いはぼく一人だもん。ケラケラ」
それからも二人はたびたび話をしました。少年が「オオカミが来た」と叫ぶと、少女がやってくる。そんな奇妙な関係が続きました。少年は少女といる間じゅう、ずっとニコニコしています。少女のほうも少年といると、ふしぎと居心地がよかったのです。
一度だけ、彼が「オオカミが来た」と叫ばないふつうの日に少女が様子を見に行きました。夕暮れ時のことです。少年は小屋に羊をもどしおわって、家で一人で夕ご飯を食べているところでした。いつもは少年と一緒におしゃべりしていてよくわかりませんでしたが、このあたりはとても静かです。近くに住んでいる人もいませんので、夜には明かり一つつきません。あたりが真っ暗になっていく中にポツンと少年の家が立っています。中をのぞくと少年のいつもの明るさやふざけた笑い声はなく、暗い顔で一人、パンをかじっていました。まるでいままで一度も笑ったことなんかないような顔をしています。その日、彼女は少年に声をかけられませんでした。
帰ってから少女はおとうさんおかあさんに聞きました。
「ねえ、あの羊飼いの子、学校に通わせてあげられないの」
するとおとうさんおかあさんは「よその家のことは気にしないの」「あのうそつきの子と遊んでるのかい」「あんなところに行ってはいけない、オオカミが出たらどうする」などと言って、少女の言葉を聞き入れてはくれませんでした。それどころかもう少年のところには行ってはいけないと言われてしまいました。大人はよその子、とりわけ人とすこし変わった子には冷たいものです。それでも少女はかまわず、少年が「オオカミが来たぞー」と大声を出すたびに会いにいきました。
「やあ、また来たね。今日もうそだよ。ケラケラ」
「わかってるわよ」
「わかってるのに来るなんて、へんなの。ケラケラ」
「本当にオオカミが来たら大変だからね。そのときはちゃんと呼ぶのよ。いつもより大声でね」
「そうしたら、また来てくれる?」
「必ず行くわ」
「そっか。そっか。ケラケラ」
それからしばらく、二人が会って話をすることはありませんでした。少年が大声を出さなかったからです。いったいどうしたんだろうと少女が思っていると、ある日、また少年の声が聞こえてきました。
「オオカミが来たぞー」
いつもより弱々しい声でした。駆けつけてみると、少年はお腹を食い破られて血が出ていました。オオカミにやられたのです。青白い顔でうずくまっていた少年は少女の姿を見つけると、笑って話しかけました。
「ああ、久しぶりだね。元気してた?ケラケラ」
「本当にオオカミが出たのね!大丈夫?」
「きみんとこの羊は無事だよ。でないときみが来てくれなくなっちゃうからね。ケラケラ」
「羊なんてどうでもいいわよ!どうして逃げなかったの?どうしてもっと早く大声を出さなかったの?」
「きみには大事な人はいるかい?ケラケラ」
少女はいきなり聞かれたのでびっくりしましたが、すこし考えてから質問にこたえました。
「おとうさんおかあさん、それに学校のともだちに、となりにすんでる親切なお姉さん、行きつけのパン屋のおじさん…そんなの、たくさんいるわ」
「そうだろう。ぼくにはね、一人だけなんだ。たった一人なんだよ」
ここしばらくの間、オオカミが羊を狙ってうろついていました。少年はそれに気づいて、あえて大声を出しませんでした。少女が来てしまったらあぶないと思ったのです。
「ぼくね、きみとお話ししてる時間が一番楽しかったよ。ケラケラ」
「うん」
「ぼく、つまらなくなかった?ぼくの話すことと言ったら羊のことしかないから、きみが退屈しないかいつも心配だったんだ。ケラケラ」
「大変だ!オオカミだ!オオカミだー!」
村人たちは驚いて少年のもとに駆けつけて来ました。
「おいオオカミだって。大丈夫かい」
「うん。もう行っちゃったよ。ケラケラ」
「何を笑ってるんだい、きみ」
「ううん、なんでもないよ。ケラケラ」
「まったくおかしな子だ」
村人たちがたくさん集まってくると少年はふざけたように笑い、楽しそうにしていました。村人たちは本当にオオカミが来たのか、いぶかしがりながら帰っていきました。何日かすると、少年はまた大声で言いました。
「大変だ!オオカミだ!オオカミだー!」
村人たちは、今度も飛び出して来ました。
「オオカミが来たってのは本当かい」
「うん、本当だよ。たぶんね。ケラケラ」
「このやろう、コケにしやがって」
今度も村人たちがたくさん集まってくるのを見て、少年は笑っていました。村人たちはその様子を見て腹を立てました。
「あの羊飼いの少年はウソばかり言って。もうあの子の言うことは信じないぞ」
村人たちは口々にそう言いました。それから何日かして、少年がまた大声で叫びました。
「大変だ!オオカミだ!オオカミだー!」
けれども今回は村人たちは誰も来てくれません。何度もうそをいう少年を、誰も信じようとはしなかったのです。
「オオカミだー!オオカミが来たぞー!」
少年は何度も言いますが、村人たちはしらんぷりです。いや、一人だけいました。ただ一人、村の少女だけが少年のもとにやってきました。「やっぱりうそだったのね」とためいきをつく彼女を尻目に、少年はとてもうれしそうです。
「あたし、あなた嫌いよ。どうしてうそばかりつくの」
「こうしないと、ぼくはいつまでも一人きりじゃないか。そんなの、いやだもん。ケラケラ」
「みんなに嫌われても、そっちのほうがいいの」
「当たり前さ。嫌われたって、一人よりはいいね。きみは知らないだろうけどね、一人はさみしいんだよ。死にたくなるんだ。ケラケラ」
「これからずっとうそをつき続けるつもり?」
「そうかもね。ケラケラ」
「あきれた」
少女は怒って、すぐに帰っていきました。しかしそれからというもの、少年が「オオカミが来たぞー」と叫ぶたびに彼女だけが駆けつけるようになりました。少年は彼女の家の羊もふくめて、村中の羊たちをあずかっています。彼女は少年がうそをついてるとわかっていても、「もしかしたら」と思い、けっきょく足を運んでしまうのです。
「またうそをついたわね」
「ごめんね。ケラケラ」
「すこしもあやまられてる感じがしないわ」
「そんなことないよ。ケラケラ」
「まったくもう」
何度かうそをつかれているうち、だんだんと少女は少年とお話をするようになりました。少年はどんな話でもケラケラ笑って聞いてくれるので、一緒にいて楽しかったのです。少年は少女の通っている学校についてたくさんの質問をしました。学校ってどんなところ。どんなことをするの。人はいっぱいいるの。給食っておいしいの。行っててたのしいの。少女が一つ一つこたえると、少年は面白そうに聞きながら、すこしうらやましそうにも見えました。
「あなたは学校には行かないの」
「うん。ぼく、羊見てなきゃいけないから。ケラケラ」
「誰かに代わりに見てもらうことはできないの」
「うん。だって羊飼いはぼく一人だもん。ケラケラ」
それからも二人はたびたび話をしました。少年が「オオカミが来た」と叫ぶと、少女がやってくる。そんな奇妙な関係が続きました。少年は少女といる間じゅう、ずっとニコニコしています。少女のほうも少年といると、ふしぎと居心地がよかったのです。
一度だけ、彼が「オオカミが来た」と叫ばないふつうの日に少女が様子を見に行きました。夕暮れ時のことです。少年は小屋に羊をもどしおわって、家で一人で夕ご飯を食べているところでした。いつもは少年と一緒におしゃべりしていてよくわかりませんでしたが、このあたりはとても静かです。近くに住んでいる人もいませんので、夜には明かり一つつきません。あたりが真っ暗になっていく中にポツンと少年の家が立っています。中をのぞくと少年のいつもの明るさやふざけた笑い声はなく、暗い顔で一人、パンをかじっていました。まるでいままで一度も笑ったことなんかないような顔をしています。その日、彼女は少年に声をかけられませんでした。
帰ってから少女はおとうさんおかあさんに聞きました。
「ねえ、あの羊飼いの子、学校に通わせてあげられないの」
するとおとうさんおかあさんは「よその家のことは気にしないの」「あのうそつきの子と遊んでるのかい」「あんなところに行ってはいけない、オオカミが出たらどうする」などと言って、少女の言葉を聞き入れてはくれませんでした。それどころかもう少年のところには行ってはいけないと言われてしまいました。大人はよその子、とりわけ人とすこし変わった子には冷たいものです。それでも少女はかまわず、少年が「オオカミが来たぞー」と大声を出すたびに会いにいきました。
「やあ、また来たね。今日もうそだよ。ケラケラ」
「わかってるわよ」
「わかってるのに来るなんて、へんなの。ケラケラ」
「本当にオオカミが来たら大変だからね。そのときはちゃんと呼ぶのよ。いつもより大声でね」
「そうしたら、また来てくれる?」
「必ず行くわ」
「そっか。そっか。ケラケラ」
それからしばらく、二人が会って話をすることはありませんでした。少年が大声を出さなかったからです。いったいどうしたんだろうと少女が思っていると、ある日、また少年の声が聞こえてきました。
「オオカミが来たぞー」
いつもより弱々しい声でした。駆けつけてみると、少年はお腹を食い破られて血が出ていました。オオカミにやられたのです。青白い顔でうずくまっていた少年は少女の姿を見つけると、笑って話しかけました。
「ああ、久しぶりだね。元気してた?ケラケラ」
「本当にオオカミが出たのね!大丈夫?」
「きみんとこの羊は無事だよ。でないときみが来てくれなくなっちゃうからね。ケラケラ」
「羊なんてどうでもいいわよ!どうして逃げなかったの?どうしてもっと早く大声を出さなかったの?」
「きみには大事な人はいるかい?ケラケラ」
少女はいきなり聞かれたのでびっくりしましたが、すこし考えてから質問にこたえました。
「おとうさんおかあさん、それに学校のともだちに、となりにすんでる親切なお姉さん、行きつけのパン屋のおじさん…そんなの、たくさんいるわ」
「そうだろう。ぼくにはね、一人だけなんだ。たった一人なんだよ」
ここしばらくの間、オオカミが羊を狙ってうろついていました。少年はそれに気づいて、あえて大声を出しませんでした。少女が来てしまったらあぶないと思ったのです。
「ぼくね、きみとお話ししてる時間が一番楽しかったよ。ケラケラ」
「うん」
「ぼく、つまらなくなかった?ぼくの話すことと言ったら羊のことしかないから、きみが退屈しないかいつも心配だったんだ。ケラケラ」