化け猫は斯く語りき
7.『青い血』
探偵屋との暮らしも三年になろうとしていた。秋から冬へと移ろい行く季節の狭間で、探偵屋は仕事もなく毎日を珈琲と新聞と煙草とで怠惰にやり過ごしておった。
探偵屋は書斎と言い張って憚らぬ雑然とした小部屋の中央に鎮座する巨大な机に組んだ足を乗せ昼寝をしている。
「暇だな」
吾輩も机の上に在る陽だまりで一眠り頂こうと考えて飛び乗った折、眠りに落ちておる筈の探偵屋の口が開いたのである。吾輩は起きておったのかと驚くよりも息が在ったのかという安息を覚えたのである。
その後は鼾を掻くのみで夢の中に於いても仕事に有りつけておらぬのかという考えに至ったものである。余りにも憐れであり不憫に思ったから、ここは一つ腹にでも飛び乗って現世(うつしよ)に呼び戻してやろうと体勢を変えるまではしたのであるが、よくよく考えれば目覚めたところで仕事は無いのであるから、そのままにしておいた。
陽が傾いてから目覚めた探偵屋はあーあと大なる欠伸をし、然る後にぐるりと部屋を一瞥して何も変わりがない事を把握すると「暇だな」と云った。見兼ねた吾輩が「霊障ならば其処彼処に転がっておろう」と云うと「タダ働きするぐらいなら飢えた方がマシ」とこうである。必要でもないのに無闇矢鱈と祓えば均衡を崩す事になるのでやってはならんと云う師匠の教えを守っているらしいのであるが、探偵屋はそれを口にする事を頑なに拒むのである。師匠の教えであろうと云うのも吾輩の憶測に過ぎず、探偵屋と共に過ごした時間が吾輩にそのような憶測をもたらしたに過ぎないのである。
「吾輩丁度一つ珍妙な噂を耳にしたばかりである」
「噂ねぇ」
「界隈の三毛が云うには、近隣に青い血を売る店があるそうな」
「へぇ」
「人間の男子が『青い血』と注文するのを耳にしたそうな」
「分かった分かった。調べりゃいいんだろ」
探偵屋はのそのそと立ち上がった。
「やる気になってくれたかよ。まずは三毛のところへ向かうぞ」
探偵屋は路地へ出るなり煙草を口に咥え火を点けた。
「最後の一本か。寄り道するぜ」
吾輩の返事を待たずに反対方向へと歩を進めた探偵屋は、角にある煙草屋へと向かった。
「HOPEをくれ」
「はいよ。色と数は?」
「アオ、イチ」
「まいど」
「待たせたな。んで、どこの三毛だって?」
「うむ、通りを二つほど越えた先の……」
― 『青い血』 了 ―