小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

愛を抱いて 20

INDEX|1ページ/3ページ|

次のページ
 

39. トレーナー発表会


 10月15日木曜日、中野ファミリーではトレーナー発表会と名打たれたものが行われる事となり、夜、三栄荘に10人が集まった。
私は川元と一緒に、中野へ戻って来た。
「酒をやめる?」
川元が云った。
「ああ。
ゆうべも呑んで吐いたんだが、今朝な…、眼が覚めた時不意に『酒が呑みたい…。』って思ったんだ。
きっと、アル中になりかけてるのさ。」
「だから酒をやめるのか…。
本当にもう呑まないつもりか?」
「ウィスキーのガブ呑みは、もう控えるつもりだ…。」
三栄荘の入口を入って、階段を上って行くと、他の8人は既に揃っていた。
「よぉ、鉄兵! 
久しぶり。
相変わらず呑んでっか!?」
ドロが云った。
「まあな。
でも今は禁酒中だ。」
「あら、初耳ね。」
香織が云った。
「駅から帰って来る途中、決めたんだ。」
「じゃあ、ジュースでも買って来ましょうか?」
ブランデーをグラスに注ぎながら、世樹子が云った。
「いや、それには及ばない…。」
私は注いでもらったブランデー・グラスを手にした。
「私、禁酒っていうのは、酒を呑まない事だと思ってたわ…。」
香織が云った。
「呑まないさ。
ブランデー・グラスの底は、どうして丸くなってるか知ってるかい? 
ここに掌をあてて、グラスを温めるためさ。
そして蒸発した酒を、鼻で嗅ぐんだ。
そもそもブランデーというものは、呑むものじゃなくて香りを味わうものなんだぜ。」
云い終わると、私はグラスを口につけ、ゴクッとブランデーを呑んだ。
「…でも我々下層市民は、やはり呑んだ方が美味いと思ってしまうものだ…。」
呆れた顔で視ている香織達に、私はそう云った。

 全員、でき上がったトレーナーを着て、乾杯した。
「こうして、みんなが同じ服を着てるっていうのも、何か異様ね…。」
香織が云った。
「あら、素敵じゃない?」
世樹子が云った。
「このトレーナーを着るのは、今夜が最初で最後になるだろうな…。」
川元が云った。
「何だ、お前。
気に入らないのか?」
私は云った。
「いや、こういったオリジナル・トレーナーなんてのは趣味じゃないんだ。」
「私は、ちゃんと着るわよ。
…寝巻として。」
ヒロ子が云った。
「何だ、みんな仕方なく買ったって感じだな。」
柳沢は云った。
「当たりめぇだろ。」
ドロは早くも目もとを赤くして、云った。
「できれば、外出の時、着て欲しいな。」
「お前、こんなもの買わせておいて、その上外へ着て出ろなんて、それは暴力というものだぞ。」
「みんな冷たいよな。
少しは喜んでもらえると思ったのに…。」
私は云った。
「あら、嬉しいわよ。
新しい服が手に入ったんだもの。
だけど…。」
ヒロ子は微笑みながら、云った。
「解った…。
明日からはもう、着てくれなんて云わないから、せめて今夜だけ、脱がないでいる事を約束して欲しい…。」
「ええ、いいわよ。」
「よし。
柳沢、今夜は外へ呑みに行くか?」
「おお、それがいいな。」
「冗談でしょ?」
「勘弁してくれよ。」
「ウィスキーも買ってあるのよ。」
「この部屋には幾ら酒があったって、在庫になるって事はないさ。
ヒロシ、中野へ呑みに出るぞ。」
フー子とノブの二人を相手に、真剣にオセロをやっていたヒロシに向かって、私は云った。

 全員で外へ繰り出した。
同じトレーナーを着た集団が、中野通りの舗道をゾロゾロと歩いた。
路行く人々の視線を浴びながら、ブロードウェイを抜け、サンモール商店街の小路を折れて、「サウスポー」へ入った。
「私、もう駄目。
血圧上がりそう…。」
香織が云った。
「やっぱり、少し恥かしいわね…。」
世樹子が云った。
店の中でも、我々は注目の的となった。
「こんな事になると解ってれば、トレーナーを作るって聴いた時、大反対しとくべきだったわ…。」
「香織ちゃんが反対しても、トレーナーはきっとできてたわよ。」
「そうね…。
全く、あなた達は次から次へと、考えてやってくれるわね。」
「何だかんだ云って、君も一緒にやってるじゃない?」
「私はいつも、あなた達の云い出した事に愕いて茫然自失のうちに、やってしまってるのよ。」
「俺達はさ、ただ想い出を造ろうとしてるだけさ。」
柳沢が云った。
「確かにこの恥かしさは、忘れられそうにないわ…。」
「想い出を残すために、どこかへ旅行するなんて事は馬鹿げてるよ。
何年か先に今を想い出すとして、俺達が居たのは、この街のこの場所なんだ。
だけど、俺達が中野で今日まで過ごした半年余りの間の出来事だって、長い年月の果てには、毎日の出来事なんてほとんど忘れられてしまうんだ。
特別印象的な、ほんの一握りの時間だけが想い出として残って、それ以外の、本当にその年を飾った沢山の日々が忘れられて行くなんて、哀しいじゃない。
日常って言う、昨日と今日の区別もつかない一色に塗り潰されて、普段の小さな出来事なんて、2度と想い出される事はないんだ。
でも…、俺達は、毎日を想い出にしたいのさ。
今日を、今を、この瞬間を、想い出にする事をいつも考えてるんだ。」
「そんなに想い出を造ったら、溢れてしまうわよ…。」
「溢れてなお、心淋しいのが、想い出だよ。」
私は云った。
「でも、まあ、御蔭で今日まで、中野にはもう想い出がいっぱいだわ…。」

 「川元君は、オリジナル・トレーナーなんて趣味じゃないって云ってたけど…、無理して着てる事ないのよ。
この人達に遠慮せず、厭だったら脱いじゃって構わないわ。」
「いや、もう恥かしさを通り越して、快感になって来た。
結構、いいものかも知れない。
ただ…、高校時代までずっと制服を着せられてて、大学へ入って、サークルや何かでまた全員同じ服を着ようとする神経は、俺には理解できないんだ…。」
「学生服、嫌いだったの?」
「あんな物、好きな奴はいないだろ…?」
「まあね。
着てる頃は厭で仕方なかったけど…。
特にうちの制服は、デザインが気に入らなかったから。」
「でも、もう着なくてもいい今になってみると、妙に制服が懐かしいのよね。」
「学生服なんて物は、軍隊の思想と一緒だぜ。
要するに、個を抹殺して全体に同化させようっていう考えさ。
学生服は軍服の一種なんだ。
個々が自由な思想へ走るのを制して、時の思想、同一の思想に向かわせるため、統一されたものを着せて、無意識の中に全体主義を植え付けようって考えられたものさ。」
「でも、統一美っていうのも、あるんじゃない?」
「それも、確かにあるけど…、黒い制服を着た学生達が路を歩いてて、それが美しく見えたのは、もう一昔も二昔も前の時代までさ。
辺りに田や畑が沢山あって、川に色んな生き物がいた、そんな背景の下でなんだ。
都会にもまだ高いビルのなかった、白黒のニュース映画で視る、あんな時代においてなのさ。
考えてみろよ、現代のこの街の中を、あの黒い制服を着た集団がゾロゾロ歩いてる姿が、美しく見えるかい? 
作品名:愛を抱いて 20 作家名:ゆうとの