小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

愛を奏でる砂漠の楽園 04

INDEX|4ページ/10ページ|

次のページ前のページ
 

第十四夜◆想い

 外へと出る事ができないように、扉だけで無く窓さえも固く閉ざされている部屋の中には、まだ黄昏時であるというのに微かな光さえも存在していない。
 夜夜中のような姿へとなっている部屋の中で、寝台へと腰を下ろしユスフが考えている事は、ただ一つであった。瞼を閉じれば思い出す事ができる、熱い体温を持った男の事である。
 あのままずっと一緒に居たかった。たが、一緒に居る事などできる筈が無い。明け方までには部屋へと戻らなくてはいけなかったのだ。



 房事の疲れから重くなっている体を引き摺り後宮へと戻ると、朝早く迎えの人間が部屋へと現れた。
 人目を避けるようにして馬車へと乗せられたユスフが連れて行かれたのは、宮殿からほど違い場所にある王の家臣の屋敷であった。
 誰の元へと払い下げられても同じだと思っていた為、新たな主となる男がどんな人物であるのかという事を全く聞いていなかったのだが、かなり位の高い家臣であったようだ。
 広い屋敷の中には高価な調度品が並び、これから自室となる部屋であると言って通された部屋も、後宮にあった自室とは比べものにならない程に広く豪華な場所であった。
 優雅な生活を送りたいという事を、後宮に居た頃さえ思った事の無いユスフが、その事を喜ぶ筈など無かった。それどころか、シナンに会う事ができないという事を考える事によって、豪華である筈の部屋が酷く霞んで見えるだけであった。
 死刑執行を待つ囚人のような気持ちで、そんな部屋の中でこの屋敷の主人が帰って来るのをただ待っていると、屋敷の主人が帰って来たという知らせと共に、新しい衣装へと着替えさせられた。
 今まで着ていたものとは比べ物にならない程に豪華な衣服へと着替えたユスフは、そのまま寝室へと連れて行かれた。
 そこでこの屋敷の主人と顔を会わせている筈であるというのに、余りよく男の顔を覚えていない。覚えている事は、寝台へと引き摺り込まれた瞬間恐怖へと囚われ我を失ってしまった事により、頬を何度も男に殴られた事だけである。
 その晩は、屋敷の主人が興醒めした事により房事の相手をせずに済んだが、いつまでも相手をせずに済むという事は絶対に無い筈だ。房事の相手をさせる為に王から払い下げて貰ったのだという事を、曖昧になっている意識の中で主人から聞いた記憶があったからだ。
 シナン以外と体を重ねるような事など絶対にしたく無い。シナン以外と体を重ねなければいけないのならば、このまま死を選んだ方がましである。



 そんな風に思ってから既に二日が経過しているというのに、ユスフはまだ死ぬ決心を付ける事ができていなかった。
 それは家族同然の者達を殺した相手にまだ復讐できていないからだけでは無い。シナンの野望の行く末が知りたかったからである。
 暗闇しか無い部屋の中で何処を見るでも無くさ迷わせていた視線を落とし、腕飾りを掴もうと手首へと手を伸ばす。だが腕飾りを掴む事は出来なかった。
 そこで漸くシナンから貰った腕飾りは、後宮から宮廷へと続く道の警備をしている者達に渡してしまった為、もう無いのだという事を思い出した。
 取引に利用できる程の価値がある物をそれしか持っていなかった為、仕方がなかったのだという事は分かっている。それでもシナンから貰った腕飾りが無いという事実に、ユスフは焦燥感を覚えてしまう。
 何も無い手首から手を離した時、固く閉ざされている部屋の扉がガタガタという音を立てて揺れ動く。
 反省させる意味を込めて、食事と入浴以外の世話をしなくて良いと屋敷の主人が使用人に言ったらしく、寝所へと呼ばれてからの二日間、この部屋へと人が訪れたのは食事と入浴の時だけである。
 まだ入浴するには早い時間である事から、ユスフは使用人が食事を運んで来たのだと思った。しかし直ぐにそうでは無いのだと考え直した。
 普通に扉を開けるだけならば、こんなにも大きな音がする事は無い。部屋の中へと響いている音は、扉を壊そうとしているとしか思えないものであった。
 そして、昨日までは三食食事が運ばれて来たというのに、今日はまだ食事が運ばれて来ていない事と、やけに屋敷の中が今朝から静かであった事をユスフは思い出した。
 一体何が起きているというのだ?
 扉の向こう側にいるのがこの屋敷の使用人であると思えずユスフが顔を強ばらせた瞬間、扉が強引に開け放たれた。
「ご無事でしたか」
 そう言って部屋の中へと入って来たのは、戦場に居るかのような恰好をした男であった。手には剣まで握られている。
 尋常では無い恰好をした男を見て、ユスフは寝台から立ち上がった。
「貴方は……?」
「シナン様の使者に御座います」
「シナン様の!」
 シナンの名を反復しながら、ユスフは大きく目を見開いた。
「シナン様の使者が何故ここに……?」
「シナン様が王に謀反を起こされたのですが、その際重症を負ってしまい……どうしても貴方と会いたいとおっしゃっておりまして」
 信じられない言葉に暫く呆然とした後、ユスフは取るものも取らず男に促されるまま屋敷を離れた。
 シナンが重傷を負ったなど信じたく無い。
 動揺した状態へとなっているユスフは、何処へと自分が下げ渡されたのかという事を知らないシナンの家臣が、どうやって自分の居場所を調べたのかという事を疑問に思う事は無かった。


 ◇ ◇ 


「なかなかしぶといな」
 いつもよりも精彩を欠いた顔でシナンがそう呟いたのは、宮殿近くにある何年も前から使われていない屋敷の中であった。
 あのまま王の首を取る気であったのだが、そう上手く事は運ばなかった。鞘から抜いた剣で王を切りつける事はできたのだが、直ぐに王の家臣が部屋の中へと集まり行く手を阻まれてしまった。
 ハムゼと自分だけでは、十人以上いる家臣を倒す事は不可能であると判断したシナンは、そのまま宮殿を離れ、来る日の基地とする為に以前から用意していたこの屋敷へと来たのだった。
 余計な事を考えている暇など無い。
 既に宮殿へと残っているのは、王と僅かばかりの家臣だけとなっている。今日明日中が山場へとなる筈だ。
 目の前の床へと張り出されている宮殿の見取図へと視線を落とした時、乱暴に扉を叩く音が聞こえて来たと思うと、家臣の一人が血相を変えて部屋の中へと飛び込んで来た。
「シナン様」
 家臣の表情は、何か大事が起こったとしか思えないものであった。しかし今の状況で大事など起きるとは思えず、シナンは自然と怪訝な表情へとなってしまう。
「何だ?」
「何者かが宮殿の中へと入った模様です」
 家臣の言葉を聞き、シナンは即座に座布団から立ち上がった。
「宮殿へと出入りする道は、全て塞いだのでは無かったのか?」
「申し訳ございません。こちらが把握していなかった隠し通路がまだあったようです」
「その通路は既に封鎖しているのだな? それと、入った者が居るだけで出た者はいないのだな?」
 命を落とす程の重症を負わす事は出来なかったが、それでも宮殿から出る事が出来ない程度の傷を王へと負わせている。それでも王が宮殿から出ていない事を、シナンは一応確かめた。