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愛を奏でる砂漠の楽園 04

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 ハムゼは優男のような外見をしているが、そんな見た目通りの人間ではない。シナンと共に幼い頃から武術を嗜んでいるハムゼは、並の男ならば数人纏めて掛かって来ても簡単に倒す事ができる程の腕前を持っていた。
「では、早急に準備を済ませて王の元へと向かう。ここへと残っている者は、もしもの時の事を考えて、何時でも王へと反旗を翻す事ができるよう準備をしていてくれ」
 側近達が「ご無事をお祈りしております」という言葉と共に頷いたのを見て、シナンは王と謁見する為の準備を始めた。



 謁見の間へと連れて行かれるのだと思っていたのだが、王の使者の後を付いて行く事によって到着したのは、宮殿の中程に位置する場所にある独立した建物であった。
 王の私室となっているそんな建物は、使用人と僅かな王の側近しか入る事が許されていない場所である。王の息子であるシナンさえも足を踏み入れた事の無い建物の中は、この国の贅を極めた場所であると言っても過言では無い程に豪華な場所であった。
「お久しぶりです」
 玉座の上で胡床をかいている王の前で下げていた頭を引き上げたシナンの瞳に、王の傍にいる白い口髭を蓄えた老人の姿が留まる。
 銀糸の刺繍が施された黒い長衣を黒い腰紐で留め、更に黒い上着を羽織るという胡散臭い格好をした老人は、シナンが産まれた頃から王の傍にいる術師である。
 何処からとも無く現れたこの老人が、王に余計な事を吹き込むようになってから、国の状態が更に悪くなったのは誰の目にも明らかな事であった。術師が現れる前の事を知らないシナンさえ、その事を知っている程である。
 占いなどというまやかしであるとしか思えない物を信じ実行する王も愚かな人間であるが、自分の占いが当たっている事を示す為に汚い手を使っている術師という名のペテン師であるこの男は、人間として最低の部類であるだろう。
「ユスフに誑かされているそうだな」
「何の事でしょうか?」
 王へと視線を移したシナンは、何の事なのか全く分からないという態度で言った。
 落ち着き払った態度を取ってはいたが、シナンの中にはやはりユスフの事であったのかという焦りと、反旗を翻そうとしている事に王が気が付いていないようだという安堵の感情が入り混じっていた。
「誤魔化しても無駄だ。お前がユスフの元へと通っているという事は、後宮で随分な噂になっていたぞ」
 誤魔化しても無駄なのならば、何も言わ無いのが一番である。
 シナンが何も言わずにいると、王が徐々に饒舌になっていく。
「確かに見目は麗しいが、あれだけは駄目だ」
 同意を求めるような表情を浮かべて、王が老人へと視線を送った。
「その通りでございます。ユスフはシナン様と共に居る事によって、この国に災いをもたらす存在となります」
 ユスフと共に居る事によってこの国に災いをもたらす事となると言われても、老人がペテン師であるという事を知っているシナンは全く動揺する事は無かった。それどころか、ユスフが災いをもたらす存在であると言われた事に不快感を覚えていた。
 ユスフは自分達と同じ単なる人でしか無い。国に災いをもたらす力など持っている筈が無い。
 シナンのそんな心情に気が付く事無く、更に王が老人へと視線を向けたまま言葉を続ける。
「西に異端な姿をした者がいるという事を、お前が教えてくれていなければ、今頃どうなっていた事か」
「私はこの国の、延いては王の繁栄を祈っているだけでございます」
 信頼の視線を老人へと向けた後、王の視線がシナンへと戻る。
「この国へと災いが起きる事を未然に防ごうと、宮殿から出て行くなという事をお前に言っておいたというのに…。私の言葉にお前が従わぬので、目の届く範囲にユスフを置いておけば安心だと思い、後宮に置いておいたのだが、まさか私の目を盗んで会ってしまうとはな」
 王の言葉を聞く事によって、壊れた硝子の器の破片を繋ぎ合わせていくかのように、今まで疑問に思っていた事がシナンの中で次々に解決していく。
 以前聞いた、ユスフと自分が会わないようにしろという王の命令の原因はこれであったのだ。そして、幼い頃宮殿から出る事を許されなかった理由と、王の態度の変化に何かあるように感じていたのは、正しいものであったのだという事を知った。
「房事の相手ができん体なので、お前が相手にする事は無いと思い安心していたというのに。こんな事になるのならば、始末しておくべきであった。私の国に災いをもたらす存在などこの世にいてはならん」
「仕方ありません。ユスフを始末すれば、更なる災いがこの国に起きる事となるのですから。聡明でいて偉大なる王は、賢明な判断をなさったのです。全てはユスフが悪いのです」
 ユスフが悪い筈など無い。
 老人の言葉に怒りを感じていた時、シナンは以前ユスフから聞いた、後宮に連れて来られる前に起こった出来事を思い出した。その後脳裏を掠めた考えを確かめずにいる事ができず、王へと自分の考えを確かめる。
「……ユスフの仲間を殺すように命じたのは、王なのですか?」
「何だユスフからそんな事まで聞いていたのか。お前の思っている通り、私がユスフの仲間を殺すように命じたのだ。私の国に災いをもたらす存在の仲間など、同罪だからな」
 自分の思っていた通り、ユスフが家族同然に思っていた者達が殺される原因となったのは、王であったのだ。それはユスフが陵辱される事となった原因も、術師という名のペテン師の言葉を愚かな王が信じたからであるという事である。
 怒りを抑える事ができない。しかしこの事を知る迄は、怒りを表に出す事は絶対に許されない。
 シナンは表情を取り繕いながら、ユスフの事について尋ねる。
「ユスフの姿が後宮に無いそうなのですが、ユスフをどうなさったのですか?」
「あれに興味を持っていた家臣に払い下げた。まあ払い下げたと言っても、奴は側室を何人も抱き殺しているので、次期にこの世からいなくなる事になるだろう。私が始末しなくても良い手があるという事に、もっと早く気が付くべきだったな」
 これで、私の国がよくなる。先の戦いで負けたのも、お前とユスフが姦通していたからだからな。
 更に続いた王のそんな言葉を聞く事によって、頭の中が怒りによって沸騰してしまいそうになる。
 自分がユスフと出会ったのは、先にあった戦いの後である。ユスフと自分が出会ってしまった事が、戦の敗因である筈が無い。
 シナンはその事を、王へと告げるつもりは無かった。王が自分の言葉になど耳を傾ける事は無いという事を知っていたからだ。

「貴方には王としての資質が無いだけで無く、人としての資質も無いようだ。人では無い貴方にこの国を任せる訳にはいかない。――このまま私に王位を譲れば、慈悲を与えよう。王位を譲るつもりが無いというのならば、仕方がない。王位を奪うしか無い」

 シナンが吐き捨てるような口調で告げると、玉座から腰を浮かした王が、冗談は止めろと言うようにして部屋の中へと響き渡るような声をあげた。
「シナン!」
 冗談などを言っているつもりは全く無いシナンは、王の言葉を気にする事は無かった。
「私に王位を譲る気は無いという事で宜しいでしょうか?」