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愛を奏でる砂漠の楽園 01

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序章

 既に色褪せていてもおかしく無い程に、遠い過去の記憶。
 それなのに今でも色褪せる事無く鮮明に記憶の中へと残っている、凄惨な光景。
 大切な物を跡形もなく焼き尽くす業火。
 吐き気を催す、人の焼ける独特の匂い。
 忘れたい。
 忘れてしまいたいと思っているのに、そう思えば思う程記憶の中へと深く刻まれるだけで、忘れる事などできなかった。
 この怒りと憎しみという感情を、何所へと向けて良いのかという事が分からない。
 憎しみを向ける相手を探す為だけに、自分は生き続けているのかもしれない。



 夏が終わり秋が近づく事によって、小道を覆うようにして自生している木蓮の花が白から淡紅へと変わっていっている。
 頼まれたお使いを済ませ、市場(バザール)から身を寄せているラクス・バラジの一座がテントを張っている町外れへと戻る途中、四季の変化を知らせるそんな花がユスフの目を楽しませていた。
 小道が石畳へと舗装された物から土を敷いているだけの物へと変わる頃、丈の短いサリーブラウスから覗いている腕や首筋などに、乾いた冷たい風を感じる。町外れへと出た事により、風を遮っていた建物が無くなったのだ。
 ユスフが纏っているのは、この地方伝統の踊りであるラクス・バラジの踊り手が纏う、露出の大きな服を子供用に仕立て直した物である。
 子供用に仕立て直した物である為、ラクス・バラジの踊り手が纏っている物よりも露出が少ないのだが、それでも普通の服よりも露出が大きく、夏から秋へとなろうとしているだけで無く、昼が終わり夕方へとなろうとしているこの時間に纏うには心許ないものであった。
 この国は四季があるだけで無く、昼と夜の温度差が激しいのだが、二週間前から巡業の為に滞在しているこの町は特に激しい気がする。
 寒さに耐えかねたユスフは、先程市場で買った果物や肉が入った籠の中から、薄手の布を取り出す。座長でありながら、一座にいる者達の食事の管理までしてくれている座長にお使いを頼まれた時、一座で活躍している先輩の指導の下ラクス・バラジの稽古をしていた為、小道具である布をそのまま持って出て来てしまったのだ。
 露出の大きい服の上から布を羽織る事によって、肌寒さが多少は軽減された。小道具を間違って持って来てしまった事へと気が付いた時は、邪魔になると思っていたのだが、間違って持って来てしまって丁度良かったようである。
 衣装と同じ飛燕草の花のような鮮やかな瑠璃色の布を羽織り小道を進む中、横を通り過ぎて行く者達の視線をユスフは痛い程に感じる。
 ユスフが通行人の視線を集めているのは、雪を欺くような白い肌と、蜂蜜色と呼ぶに相応しい淡い金色の髪という、異国の人間であるという事が明らかな外見をしている事だけが原因では無い。
 大きな大陸の中にあるこの国は、戦によって領土を徐々に広げ、帝国と呼ぶに相応しい大きな国へとなっている。世界最大の領土を誇るそんな国の中には、様々な人種の者が暮らしており、過半数を占めている黒い髪と瞳を持った者以外の存在も決して珍しいものでは無かった。
 それにも拘わらず通行人の視線を集めているのは、香り立つ程に美しい青年へと成長する事を見る者に予感させる、整った容姿をユスフがしていたからだ。
 余り見られれば、奇異の感を抱かれる事となる部分を気が付かれてしまう事となる。
 視線を集める事に慣れているユスフは、じろじろと見られる事に不快を感じる事も無く、ただ付かれたく無い部分を隠そうと、既に片眼を隠している長い前髪を揺らし更に顔を隠した。
 片眼を髪で隠す事によって視界が曖昧なものへとなった時、隣から子供特有の可愛らしい声の呟きが聞こえて来る。
「帰ったらまた稽古かな?」
 隣を見ると、同じようにラクス・バラジの踊り子の服を子供用に仕立て直した物を纏った、好奇心旺盛な性格を現す大きな黒い瞳と豊かな黒髪が印象的なサミーラが、唇を尖らせていた。
 サミーラはユスフよりも二つ年下の十一歳なのだが、決して食べていない訳では無いのだが太りにくい体質の為に華奢な体付きと、十三歳という年齢を考えると少し小柄なユスフと、殆ど変わらない背格好をしている。
 外見を見ただけでも分かる事なのだが、ユスフとサミーラには血の繋がりは無い。しかし産まれた時から共にいる彼女は、ユスフにとって妹と言っても過言では無い存在である。そんなサミーラの年相応の不満を聞き、ユスフは苦笑した。
 まだ遊びたい盛りの彼女が、毎日朝から晩まで続く厳しい稽古に不満を零してしまうのは仕方がない事である。身を寄せている一座で現在活躍している先輩達のように、見る者の心を捕らえて離さないような踊り子になりたいと思っていながらも、まだ遊びたい盛りであるユスフも、時々他の子供のように遊びたいと思う事もあった。
 己の技術がまだまだ未熟である事や、一座へと身を寄せる事となった経緯を考えると、それを言ってはいけないような気がして、ユスフはその言葉を飲み込んだ。
「そうだね。稽古が終わるまで晩ご飯はお預けだろうね」
「……私、何でみんなみたいに上手く踊れないんだろ?」
 先程までの稽古での出来事を思い出したのか、サミーラが顔を歪めてぽつりと零した。
 数ヶ月前にラクス・バラジを始めたばかりのサミーラは、稽古の最中何度も小道具を落とし、指導をしてくれていた先輩に厳しく怒られていた。共に稽古をしていた為、その場面を見ていたユスフは、サミーラへと慰めの言葉を掛ける。
「サミーラはまだ始めたばかりなんだから、仕方がないよ」
「でも、ユスフは上手く踊れてるよ?」
 ユスフはサミーラよりも二年も早く稽古を始めている。彼女よりも上手く踊る事ができるのは当然だ。寧ろ、二年も先に始めたというのに、始めたばかりのサミーラと同じような失敗をしていれば、この二年間真面目に練習をしていなかったという事になる。
 だが負けず嫌いの彼女は、ユスフの方が上手く踊れる事を不満に思っているようだ。
「私も稽古を始めたばかりの二年前は、先輩に毎日怒られてばかりだったよ」
「本当?」
 サミーラに言葉を疑われてしまったというのに、ユスフは全く嫌な顔へとなる事は無かった。先輩に怒られてばかりであったという言葉を疑われてしまうという事は、今はその頃が想像できない程に上達しているという事であるからだ。
 彼女の言葉を好意的に受け取ったユスフは、頬を緩めながら小さく頷く。
「本当だよ。私の言葉が信じられないのならば、テントに戻った後、先輩に二年前はどうだったのかという事を聞けば良い。きっと、今のサミーラよりも失敗ばかりしていたと言うから。そんな私でもここまで上手く踊る事ができるようになったのだから、先輩の言うと通りちゃんと練習していれば、直ぐにサミーラは私など追い抜いてしまうに決まってる。あの座長の娘なのだしね」
 直ぐに追い抜いてしまうという言葉は、決して謙遜からのものでは無い。