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愛を抱いて 19

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 淳一等三人は用事があるからと云って、帰って行った。
柴山は依然、眠り続けていた。
まだ身体の中に酒が残っている状態なので、私はもう一眠りしようと思い、横になった。
しばらく眠ったが、すぐに眼が覚めた感じだった。
柴山は起き上がっていた。
時計を視ると、午前10時だった。
「先生、お目覚めですか…?」
私は云った。
「ああ、今、起きた処だ…。
みんなは、帰っちまったのか…。」
柴山は煙草に火を点けると、深く吸った。
「2時間程前に、予定があるって云って帰ったぜ。
ゆうべは大盤振舞だったな…。」
「強かったな…、あの女…。
居酒屋を出た後から、覚えてないや…。」
柴山は再び煙を深く吸い込んだ。
彼はやや虚ろな表情をして、背中を丸くしていた。
「腹が減ったな…。」
彼は云った。
「俺もだ。
胃の中が、すっからかんだもの…。」

 二人は「赤サク」へ行った。
「しかし、お前食べれるのか?」
私は云った。
「腹が減ってるのは確かだが…、食って吐きそうになるのが怖いな…。」
私は「モーニング・おじや」を勧めた。
「うん、それにしよう。」
私はいつもの様に「モーニングB」を注文した。
「何だ、これ…?」
彼は自分のセーターの前を視て、云った。
彼の着ている無地のセーターには、模様が出来ていた。
それは渇いた嘔吐物が、こびり着いているのだった。
私は、淳一達から聴いた昨夜の話を彼にした。
「そうだ…。
俺、そう言えば、病院のベッドにいたよ…。」
柴山は云った。
「そうか…。
救急車に乗ったのか…。」
注文の品が運ばれて来た。
「美味い…。
うめぇよ…!」
一口食べると彼は云った。
本当に美味しそうに、彼はおじやを掬った。
「先生、いくら美味いからって、泣かないでくれよ。」
柴山は涙を流しながら食べていた。
「…うめぇよ…。」
彼はただ、そう呟くのだった。

 「また、虚しい朝を迎えてしまった…。」
店の窓から外を眺めながら、柴山は云った。
「でも、おじやは美味かった…。」
私は、服を貸してやるから着替えて行く様云ったが、彼はこのままでいいと云い、沼袋駅の中へ歩いて行った。
柴山を見送って、私は三栄荘に戻った。
部屋に柳沢が居た。
「随分遅くに、誰か来た様子だったが…?」
「ああ、クラスの連中さ。
もう、みんな引き揚げた。」
「そうか。
それで、ゆうべの、お前を連れ帰ってくれた女性だが…、一応、名前と電話番号を聴いといたぜ。」
柳沢はテーブルの上に、メモ帳を千切った紙を置いた。
「どんな女だった?」
私は訊いた。
「…どういう事だ? 
お前、顔を覚えてないのか?」
「覚えてないと云うより、顔をよく視てないんだ。
黒いスカートだけは、はっきり記憶にあるんだが…。」
「なる程…。」
「顔は綺麗だったか?」
「…俺はコメントを避けよう。
個人の趣向の問題もあるし。
でも心配するな。
悪くは、決してなかった。
それに、若い女である事は保証する。」
「そうか…。」
「逢いに行けよ。
顔は視てのお楽しみさ。
実はな、彼女はOLだそうだ。
それから、詳しくは訊けなかったが、どうやら彼女が学生時代好きだった男に、お前が似ているらしい。
それで、お前に声を掛けたって感じだったな。
多分、その男とは別れてしまったんだろう。」
私はテーブルの上の紙を取り上げ、それを見つめた。
「もう一度逢って、御礼を述べたい気持ちは、あるんだが…。」
「湯浅容子」と名前の書かれたその紙を、私は本棚の引き出しにしまった。

 中野ファミリーのトレーナーを引き取りに渋谷へ行くため、私と柳沢は部屋を出た。
煙草を口にくわえた後、ライターを取り出そうと左のポケットを探ったが、部屋に忘れたらしくポケットにはなかった。
私は試しに反対側のポケットに手を入れた。
ライターはなかったが、紙切れが指に触れた。
取り出して、二つに折られたその紙切れを開いてみると、そこには女の名前と電話番号が書いてあった。
「何だ、さっきの紙を持って来たのか。
今から電話するのか?」
柳沢が云った。
「いや、これは、さっきのとは違うんだ…。」
柳沢は私の手にしている紙切れを覗き込んだ。
「『今井ゆかり』…。
誰だ?」
「誰かな…? 
知らない名前だ…。」
「本当か…?」
「ああ。」
私はその紙切れを丸めると、投げ捨てた。
「ゆうべの合コンで、知り合った娘じゃないのか?」
柳沢は云った。
「違うよ。
もし、そうだとしても、夜が明けたら覚えてなんていられない…。
それより、ライターを貸してくれ。」
私は柳沢からライターを受け取ると、煙草に火を点けた。
「お前、容子さんにも、逢わないつもりだろ?」
柳沢は自分も煙草をくわえながら云った。
煙草を吸いながら、秋行く街の正午前の舗道を、我々は中野駅に向かって歩いた。


                        〈三八、柴山泥酔事件[その二]〉




     秋行く街の舗道を 肩を並べ    
     鉄兵と柳沢が 通り過ぎて    
     物語は    
     いよいよ後半へ突入する ──

     二人の行く手に 待ち受けるのは    
     果たして 希望なのか それとも    
     変わらない 酒と女のシーンであるのか…

     鍵となる筆者の言葉を紹介する。

     「実は、私は 真実の愛を    
     描こうと したのだ…。」

     急転直下の予感を秘めて    
     ストーリーは また 淡々と流れる

     次章「39. トレーナー発表会」 乞う御期待!


作品名:愛を抱いて 19 作家名:ゆうとの