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Twinkle Tremble Tinseltown 8

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 食後のドーナツを紙コップの中のコーヒーへ浸しながら、彼は言った。
「引き取られてすぐの頃、人参だったかほうれん草だったか、とにかく何か嫌いなものを残したことがあった。そのときは何も言われなかったんだけれど、次の日の朝起き出したら、家族全員がついている食卓で、俺の席にだけ皿がないんだ。どうしてと言おうとしたら、継母はぴしゃり。『お前に食べさせるものはないよ』。偏食を直して、食事の大切さを教える躾だったって今なら分かる。けれどその時以来どんな不味いものでも嫌いなものを食べても、口が勝手に美味しいって言うんだ」
 皆の総意がメニューを否定しても、アフリカの一国が余裕で救えるほどの残飯が廃棄処分されていると知っていても、彼が出される賄いに文句を付ける日はついぞこなかった。そんな自由を与えられぬまま、死体に縫い込まれていたクレイモアで両足を吹き飛ばされ、本国に送還されてからは消息も分からない。


 あの男が嘘偽ることなく美味いと言えるであろう飯を作る店。ロブスターが名物なのだという。腕の時計を見やれば、6時を15分過ぎていた。立ち上がる。煙草を吐き捨てる。

 ポケットに突っ込んでいた目出し帽を被り、銃を掴む。立てかけてあったそれは厳重に新聞紙でくるんであったが、滲んだ油は表面にまで容赦なく浮き出ていた。無造作に破きながら、肩で押すようにして背後の扉を開く。
 厨房で料理の腕を振るう三人のシェフは、抱えられたものを見て一瞬身を強ばらせた。だがすぐさま何も言わないうちからてきぱきとコンロの火を止め、包丁を置き、部屋の隅で寄り添う。こちらの方も、彼らなどいないも同然の顔で台車やキャベツの芯が転がった狭い空間をすり抜けていく。
 ふと目に入ったのは、古いレストラン独特の分厚く青い皿と、その上で完成間際まで盛りつけられたオイスター。指で一つ摘み上げ、口に放り込む。老舗特有の塩分過多、おくびがでるほどの油っぽさ。対象は分からないが、とりあえず不安気な視線を投げかけるシェフを一瞥し、ソースで汚れた目出し帽を乱暴に擦る。
 不味くはない。言っても良かったが、左手で押し退けたフロアへと繋がるスイングドアが立てる音に意識が向いた。


 壁に掛かったルノアールか何かの複製画、絞られ赤みを帯びた照明。赤と白のテーブルクロス。平日の、しかも時間が時間だから客は少なかった。件のロシア人とでっぷり肥太った用心棒、少し離れたテーブルに若い男が一人。
 足音高く乗り込んできた男へマフィアが意識をよこしたのは、銃口が向けられてからのことだった。

 一瞬引き金に指を掛けただけで腹から胸へ掛けての脂肪、骨、内臓がコンマ数秒の間隔を空けて弾け飛ぶ。宙を舞う時には全て混ざり合い、血の霧が暖房の利いた空気へ広がる。重い体躯は跳ねるよう動きと共に椅子ごと後ろへ滑り、壁にぶつかってようやく静止した。

 隣でカルパッチョをつついてた男は地味なサラリーマン風。とてもじゃないが義憤に駆られて妹の敵を討ちそうなタイプではない。その顔立ちに見合った怯えと恐怖が別の形で現れる前に、頼もしい相棒と同じ運命を辿る。
 腰溜の位置で構えられた銃の先端は滑るように空気中を移動し、絞りっぱなしの引き金のおかげで次々と弾き出される銃弾が後を追った。1、5秒で狙われた頭が粉砕される。体は狙わない。彼はあくまでも「巻き添え」なのだ。流れる動きで39ミリ弾は男の肉体を通り過ぎ、油の浮いた壁紙に穴を開ける。剥き出しになったコンクリートがぽろぽろと崩れ落ち、床を薄く粉塵で覆った。


 興奮した女の体のように熱い銃に一旦待ったを掛け、突き刺さる視線に向き直る。
 茫洋とした、しかし隠れるには中途半端な意識。ナイフとフォークを握りしめた拳をぴったりとテーブルにくっつけ、最後の客はこちらに体を向けていた。彼が手にしているもので解体する予定だったロブスターはまだ赤い甲殻の艶を失っておらず、ほかほかと湯気を立てていた。側に控える白ワインは口すら付けられていない。

 逃げられず、悲鳴すら上げることが出来ず、青年はただ青い大きな瞳を見開いていた。年の頃は自らとそれほど変わらない。違うのは、こんな時間からシーフードをつついていられるだけの余裕と稼ぎを持っていること。

 ぴっちりとした手袋をはめた右手を、包む革が軋るほど強く握りしめ、それから開く。自らの唇がほんの少しつり上がっている事にはもちろん気付いていた。心地よい空腹は、自覚した途端体全体にはびこる。
「美味そうだな」
 相手の返事は待たなかった。青年の命を奪うのは簡単だった。何の抵抗もなかったし、恐らく顔いっぱいに広がっていた驚愕から鑑みて、頭が現実を認識する暇もなかったのだろう。
 名物のロブスターを食べよう。そこで意識を停止させたまま、青年は上半身を蜂の巣にされた。貫通したり骨に当たって進路を変えた銃弾が綺麗に磨かれたショーウィンドウを砕き、白く変える。
 飛び跳ねたりせず垂直に落ちていくガラスが床と地面の境目で二度目の大きな音を立てた時には、青年は椅子にもたれ掛かって天井を仰ぎ、四肢をだらしなく垂らしていた。失禁したらしい。テーブルの脚の向こうで、じわじわと液体がタイルを舐めている。もしかしたらそれは倒れて割れたワイングラスの中身かもしれなかったが、それにしては量が多すぎる。

 破片とこぼれた液体と、それから幾らかの血が飛び散ったテーブルクロスの上で、メインディッシュだけが無傷で取り残されている。ナイフもフォークも肉片も、死んだ海老を汚すことはできなかったわけだ。
 確かに美味そうだと思った。だがスリムは実際のところ、口にするほどロブスターを好いてはいなかった。


 必要以上に深い名残惜しさを抱くことなくきびすを返し、元来た道を引き返す。コックたちはまだ厨房の隅で縮こまっていた。彼らは証言するだろう。一人はトイレに行っていた。一人は遅刻をした。一人は電話を掛けに行き難を逃れた。そしてこのレストランの経営者は、下りた保険で血塗れの店を改装するだろう、望み通り。
 警察は弾痕と血なまぐさい状況から往年のギャング映画を思い出し、そのイメージに沿って捜査を進めるに違いない。


 再び8つに分かれた銃を厨房からかすめ取ったゴミ袋に突っ込み、ドアを出て暑苦しい目出し帽を剥ぎ取る。とっぷりと暮れた陽はまだぬくもりの名残を残し、闇はほんのりと暖かかった。


 聞こえるサイレンを後目に通りをいくつも曲がる。すれ違う連中の半分は惨劇の舞台に駆けつけ、半分は見向きもせず疲れた足を引きずって帰路を辿る。
 吐瀉物のこびりついたゴミ缶に袋を投げ込んでしまえば全ては終わる。残ったのは空腹だけだった。好きでもないロブスターの殻が、暗い路地にぽかりと浮かび上がる。

 たった今感じている飢えを満たすのが最優先事項だ。けれどもしも余裕があるならば、女をレストランに連れていこう。リニューアルオープンし、壁紙とタイルを全て張り替えた、ロブスターを出す店へ。

 今まで考えたこともなかった未知なるサービスは非常に愉快なことのように思え、スリムは唇を歪めた。