小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」
セールス・マン
セールス・マン
novelistID. 165
新規ユーザー登録
E-MAIL
PASSWORD
次回から自動でログイン

 

作品詳細に戻る

 

Twinkle Tremble Tinseltown 8

INDEX|7ページ/8ページ|

次のページ前のページ
 

exorcize of Leatherface


 VIPルームとは名ばかりの小部屋は一面がぶち抜いてあった。はめ込まれた分厚いガラスの向こうは打ちっ放しのコンクリート。対面の壁いっぱいに白と黒のペンキが格子状で塗りたくられている。
 警察の面通しという趣で、違うのは普段の立ち位置。熱いハロゲンライトの下で身をくねらせる女たちは優越感を煽りたてるため、本人たちは囚人服のつもりである縞模様がプリントされたビキニとパンツだけを身につけている。

 高く盛り上がった鎖骨から簡単にくびれそうな首筋にかけて横目を走らせながら、スリムはスコッチを口へ運んだ。ジョニーウォーカーのラベルは彼の父がかつて愛飲していたものよりもずっと高級なゴールド。会計が相手持ちでもなければ存在すら忘れているだろう逸品。
 涼しい顔で注文した人間も、その価値を知らないわけでは決してない。これは庶民にとって、薄めながらちびちびと飲むための酒なのだ。

 向かい合うように配置されているビロード張りのソファに腰掛けたラビーは、ちゅっと下品な音を立てグラスから唇を離した。
「過去の亡霊が蘇ってきたって訳さ」
 琥珀色の液体を揺らすだけで、スリムは話を遮ろうとはしなかった。深い芳香の奥から微かに薬のような、植物の気配が漂ってくる。密談にはぴったりの胡散臭さだった。
「そいつの妹は30年前、検事の同窓生だった。綺麗な栗色の髪の持ち主でな。本人もそれを分かってて、家でも暇さえあればブラッシングしてた」
 遠くを眺める目つきをしてみせるとき、彼の青い瞳が放つ刺すような光は蜃気楼の如くぼやけ、濁る。弛緩した目元から化けの皮が剥がれ、普段はさほど気にならない年齢が露見するのだ。
 この男から依頼を受けるのは珍しいことではなく、つい数ヶ月前も気前よい報酬を受け取った。だが今回提示された金額はたったの2万ドル。思い出話に現を抜かすならまだしも、金をケチるようになるとは。年を食ったもんだと、スリムは内心鼻を鳴らした。
「お互い真面目でゆっくりと、だが確実に結婚へと進んでいった。男の方は学生の間も何回かプロポーズしたらしいけどな。だが女が首を縦に振ったのは、彼氏が検察局に入って、自分が有閑マダムを決め込めるって確信を持ってからだ。そうやって欲の皮を突っ張らせた代償があれだから」
「『あれ』について嗅ぎ回ってる男を?」
 まだ一杯目の半分以上が残っているグラスを掲げ、ラビーは肩を竦めた。
「どうやらロシア系だったらしくてな。なりふり構わず同郷の連中に頼んでるらしい」
 酒の肴になるのはテーブルへ無造作に乗せられた札束でも、ガラスの向こうで今にもレズプレイに及びそうな女たちでもない。積極的な赤毛がブラジャーを脱ぎ捨て、素人臭いヴァイブレーションを続ける消極的なブルネットの太股へ腰を押しつける。

 続きは気になるが、セーフウェイで常備してありそうな茶色い紙袋の方が将来的には役に立つ。酒とは裏腹にそれほど高くないゴートチーズを押し退けるようテーブルへ投げ出され、油にまみれた金属特有の堅い、遠慮するような音を立てる。
「それを使ってくれ。出所が途中まで(・・・・)分かるようにしてある」
 袋の入り口を指で引っ張って中を覗いた時、スリムは表情を微動だにさせなかった。文句は感情を揺り動かす程の刺激を神経に与えない。
「アル・カイダのテロリストでも最近はもうちょっとマシなの使ってるぜ」
「そうか。中東には行ってみたいとも思わないな」
 謙譲の美徳は発揮されないようなので、スリムはそれ以上言い募ることはしなかった。半透明のビニール袋に包まれたドル札の方がよっぽど興味をそそる。二束の100ドル程価値のあるものはない。
 先月のAFCは最悪で、シンシナティ・ベンガルズの勝利を信じ込んでしまったため、ここのところノミ屋と顔をあわす度に嫌味を言われる始末。早急に3千ドルを渡さない限り、落ち着いてビールを飲むことすら出来やしない。

 ウイスキーを一息に煽ってから、紙袋を引ったくる。触れられない女を睨みながら、男が膝をつき合わせる状況を楽しいと思えるほど、彼はまだ心に余裕というものを持ち合わせていなかった。
「三日後の夕方6時だな」
「ああ。餌はもうばらまいてある」
 比してゆったり、ぐったりとソファに身を埋めたラビーは、往年のマフィア映画さながらの仕草でグラスを掲げて見せた。
「過去に囚われた人間を解放してやるのさ」
「誰の権限で」
 上唇を捲り上げ、スリムは訊ねた。
「尻拭いだろ」
 断定形の口調にラビーは怒るでもなく、目以外の部分で微笑んだ。



 夕暮れのフェンズレー通り。入り組んだ公営住宅は寂れ、影を切り刻んでは複雑に壁へ投射する。築30年にして早くも脆くなり始めたコンクリートが春の陽気を吸い込み、じめじめとした濁色に変えていた。

 すれ違う既視感。アフガンの基地周辺に佇んでいた漆喰造りの家々。その乾いた気候と相まってもう少し温かみがあったが、抱える感情は型で抜いたように一致している。

 偉大なるアンクルサムは、敵の武器たるAK47の使い方をきっちりと下士官のためのカリキュラムに組み込んでいた。紙袋に入っていた8つの部品を何の迷いもなく組み立てる事の出来た己に、スリムは感心していた。 刻印と製造番号はヤスリで削り落としてあるが、その範囲の広さからして本場ロシア謹製。中国製のようにグリップや銃床が木製ではないし、反動でガタついたりしない。


 重い腰を上げるように酒場のネオンが点り、晴天続きですっかり干された地面は土埃を上げようと通行人を待ちかまえている。ドブス・シーフーズの裏口を塞ぐよう、打ちっ放しのコンクリートに座り込み、スリムは火のついていないマルボロを唇だけで噛んでいた。
 泥と磯の匂いに香辛料が混ざり込み、ドアの隙間から漏れ出す。昼前に行った女の家でヌードルを出されたが、救いようのないほど伸びていた上に塩を入れ忘れたらしく、とても食えたものではなかった。それ以外何も腹に入れていない。

 今自らが匂いだけ嗅がされているものを実際に口へ運ぶものがいるのかと思うと、怒りは一瞬で沸点へ達した。
 もちろん、こんなにも慣れ親しんだ感情で冷静を崩すことなど出来はしない。腹の底を煮えたぎらせる激情を楽しみながら、スリムはくわえた煙草がへし折れるほど口元に力を込めた。


 ヘルマンドのキャンプ・レザーネックへ派兵されていた時分は、食事で一喜一憂する事など滅多になかった。気取ってビュッフェスタイルなどと呼んでいたメニューは何もかもがどろどろとしていて、本国とは逆にフォークよりもスプーンが重宝される。
 文句をこぼさない代わりに褒めもしない栄養補給の時間、同じ中隊の男で一人だけ何でも美味そうに食べる男がいた。幼い頃両親をなくし、里親のもとで生活していたらしい彼は、ねとついたパック入りのマカロニチーズも正体不明の肉の塊が浮いているコンソメスープも、何でも大口開けて貪り食う。いっそ見ていて気持ちが良くなるほどに。
 それが長年の経験から身に付いた習慣であり、呪いであったと知ったのは、テロリストが気まぐれで武力蜂起を起こさなかった午後のことだった。

「親切な家だったが、それほど金持ちだった訳じゃない」