愛を抱いて 18
俺達は若いんだぜ。
そして若い時間は残り少ないんだ。
お互い、ゆっくり逢ってる暇なんてないさ。
今夜の君は、今夜だけの君だし、今夜の俺は、今夜しかいない…。」
私はそこまで一気に喋った。
ゆかりは黙ってグラスに口を付けたが、少なからず心は揺れている様に見えた。
我々の懸命の口説きにも、彼女達は首を縦に振らなかった。
素直に諦めれば良かったものを、我々はなぜか意地になっていた。
財布に入れて来たコンドームが、無駄に終わる事を許せなかった。
後は、彼女等を帰れない状態にさせるしか、道はなかった。
急遽コンパは、呑めや唄えの大騒動となった。
「ジャンケン一気」が何度となく繰り返され、全員立ち上がって肩を組み大合唱をした。
そして再び座ると、また各所で「一気」の掛け声が起こった。
その頃になってようやく我々は、彼女達が恐ろしく酒に強い、という事に気がついた。
(こいつは、いけないな…。)
私は回転の鈍くなった頭で考えた。
「こら!
鉄兵!
私だけに呑ませておく気…?」
私は自分のグラスに手を伸ばした。
「大体、男の子が女の子と同じ量しか呑まないなんて、失礼よ…!」
ゆかりは確かに酔ってはいたが、背筋はしっかりとまだ伸びていた。
「そうよ。
せめて2倍は呑んでもらいたいわね。
これからは、男子は全員『ダブル一気』よ。」
(冗談じゃない。
そんな事をしたら間違いなく、こっちが先に潰れてしまう…。)
私はそう思いながら、口では「いいぜ。」と云う他なかった。
中でも柴山の隣の女は、物凄い酒豪であった。
全く底なしという感じだった。
彼等は氷も入れず、ストレートのウィスキーを呑んでいた。
我々の脳裏を、悪夢の様な大妻女子短大との、あの第1回合コンの記憶がよぎった。
柴山は既にフラフラの様子に見えた。
「ねえ、あなた、水割なんて男が呑む物じゃないわ。」
底なし女が私に絡んで来た。
「私と『一気』をして下さらない?
勿論、ストレートで…。」
「OK。」
私は店員が持って来てくれていたナイロン袋を、こっそり喉の下のセーターとシャツの間に挟み入れた。
グラスになみなみとウィスキーが注がれた。
「それじゃ…、乾杯!」
底なし女はゴクゴクとストレートを呑み始めた。
私もグラスを口に持って行き、上っ面をほんの少し呑んだ後、左手で喉元を押さえる振りをしてセーターとナイロン袋に指を掛け、グラスのウィスキーをナイロン袋の中へ流し込んだ。
ナイロン袋の口を押さえておくため、私は左手を喉の下に当てたまま、勢いよく空のグラスをテーブルの上に置いた。
「視たわよ…。」
ゆかりが私の耳元で囁いた。
「狡いわよ。
でも上手いのね…。」
「あんなザル女と、まともに勝負なんてできるものか。」
私はウィスキーの入ったナイロン袋を慎重に処理しながら、小声で云った。
「でも君となら、肝臓がショートするまで呑んだって構わないぜ。」
そう云いながらハッと前を視ると、底なし女が私のグラスにドクドクとウィスキーを注いでいた。
茫然とそれを見守る私に、底なし女は云った。
「さっき、云ったでしょ?
男は女の2倍呑むって。
だからあなたは、もう1杯よ。」
ナイロン袋を手にする余裕はなく、それに今度は底なし女も私に注目しているので、先の手は使えるはずもなかった。
「おぅ!
呑んでやろうじゃねぇか!」
私は自棄糞に云うと、グラスを取り、底なし女とゆかりの声援を浴びながら、ストレートを一気に呑み干した。
熱い物が胃の中へ落ちて行った。
「大丈夫…?」
呑み終えた後、少しムッと来た私の様子を視て、ゆかりは私の背中を擦りながら云った。
「悪いから、私も付き合うわね。」
ゆかりは自分のグラスにウィスキーを注いでもらい、1人でストレートを呑み始めた。
「いいよ。
止めなよ…。」
私は彼女のグラスを押さえた。
(ここが勝負所だな…。) と私は思い、アルコールに溶かされかけた全身に気合を入れた。
「あなたのために、私もストレートを呑みたいのよ。」
「それなら、俺も一緒に呑むさ。」
私はグラスにウィスキーを注いでくれる様云った。
「あなたはさっき、もう呑んだじゃない。」
「女の子に一人で『一気』をさせるわけには、いかないんだよ。」
私は彼女とストレートで乾杯した。
二人でグラスを空けた後、私は自分のグラスにまたウィスキーを入れた。
「男はもう一杯だよね。」
「私の時はいいのよ…。
そんなに立て続けに呑んでは良くないわ。」
「でも約束だから…。
君のためにもう1杯呑みたいんだ。」
「駄目よ、少し時間を開けなきゃ…。
胃がおかしくなるわ。」
「君と一緒なら、血を吐くまでだって呑めるさ。」
私はグラスを取った。
「待って。
止めて、御願い…。」
彼女は私の手を握った。
「いや、止めないよ。
俺は今夜、ここへ君と酒を呑みに来たんだ。
君はバカバカしいと思うかも知れないが、俺は全力で君と酒が呑みたい。
命を賭けて、君と酒を呑むんだ…。」
私は自分でも何を云っているのか解らなかったが、そう云って彼女の手を下ろさせた。
「解ったわ…。
でも待って、私も一緒に呑ませて…。」
二人は再び乾杯した。
〈三六、共立女子大合コン〉