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愛を抱いて 18

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35. 柳沢誕生日パーティー


 10月9日、柳沢の誕生日パーティーが、夜、三栄荘で行われた。
「これで柳沢君も、19の仲間入りね。」
乾杯の後、世樹子が云った。
「感想は…?」
「今年も秋が来て、また一つ齢を取った…って処だな。」
「何か酷く老けてしまった様な云い方ね…。」
ケーキを切りながら、香織が云った。
「19って言えば、もう若くはないさ。」
私は云った。
「どうして…? 
あなたは色々と経験豊富だから、そうでしょうけど…。」
「男の人生は、20歳から始まるって、聞いたぜ。」
ヒロシが云った。
「あら、男だけ? 
女は…?」
フー子が訊いた。
「女は20歳で終わるのさ。」
「…。」
ヒロシのケーキは小さかった。

 「シャンパンもうないの?」
「ないよ。
シャンパンは乾杯用さ。
これからは、水割を呑むんだ。」
「私、水割苦手なのよね…。
誰かさんに特製のを呑まされて以来…。」
「でも、俺達が呑んだのは、シャンパンじゃないぜ。」
「…?」
「スパークリング・ワインさ。」
「だから、シャンパンじゃないの。」
「違うよ。
シャンパンは、スパークリング・ワインの中のシャンパーニュ地方で造られた物だけを云うんだ。
俺達の呑んだのは、日本で造られたスパークリング・ワインさ。」

 「後4年経って、23になったら、皆、どうなってるのかしら…?」
世樹子が云った。
「多分、大学を卒業してるだろうな…。」
柳沢が云った。
「私達は、社会人3年目よ。」
香織が云った。
「そうか…。
来年で、もう卒業なんだ。
可哀相に…。」
「そうよ。
あなた達が温々とまだ遊んでいる時に、私達は、冷たく厳しい世間の風に曝されているんだわ…。
フー子なんて一番可哀相よ。
美容学校は、1年で卒業だもの…。」
「取り合えず、サラリーマンだけには、なっていたくないな…。」
ヒロシが云った。
「私は、もう一人前の美容師になってるわ。」
フー子が云った。
「じゃあ、俺はレコード・デビューして、ミュージシャンになってるだろう。
鉄兵ちゃんも、そうだよな。」
「あら、鉄兵は在学中にデビューするんでしょ?」
「仕方ない…。
音楽ディレクターをやってる俺が、二人の面倒を見てやるか…。」
「あれ、柳沢君は小説家になってお金を貯めて、ロスに行くんじゃなかったの…?」
「金を貯めるために、副業もやるんだよ…。」
「香織ちゃんは、女優ね…。」
「世樹子は…?」
「まさか、お嫁さんになってるぅ、なんて云うんじゃねえだろうな…?」
「云わないわよ。
私は…、平凡なOLになってると思うわ…。」
我々の未来は、まだ、きらめきの中にあった。
「ところで世樹子、あなたさっきから何呑んでるの?」
「ああ! 
まだシャンパンあるんじゃない! 
狡いわよ世樹子。
隠して、一人だけで呑んでるなんて…。」
「だって、美味しいんだもの。
これ…。」
「私、確かまだもう1本あったと、思ってたのよね。
シャ…、発泡ワインが…。」
「そんな物が、そんなに美味いかい…? 
酒としては、ウィスキーの方が絶対美味いと思うが…。」
残り少ない、仄かに色付いてなお透明なワインを、彼女達は奪い合った。

 「でも私、ずっといつまでも、みんなとこうして居れたらいいなって思うの…。」
世樹子が云った。
「やっぱ、学生が最高だよな…。」
柳沢が云った。
「何か夢のない云い方ね…。
サラリーマンになる事にしたの?」
香織が云った。
「他に何があるんだい? 
結局、俺達にはその道しかないさ。」
「意外としっかりしてるのね。
その気になれば、どんな道へだって進めるはずよ。」
「だけど、自由を掴む事はできないよ。
俺達は自由人になりたいのさ。」
「ただ、いつも夢が遠過ぎるんだよな…。」
ヒロシが云った。
「遠過ぎるから、夢って言うんじゃない?」
フー子が云った。
「遠過ぎて、きっといつか、それを追い続ける事に疲れ果ててしまうだろうな…。」
「そしたら、また、三栄荘に帰って来ればいい…。」
「そうよ。
そして、みんなで、またお酒を呑みましょ…。」
夢見る頃の長い夜は、まだ始まったばかりであった。

 私は、空になったウィスキーのボトルに煙草の煙を吹き入れ、蓋をするとボトルを股に挟んで、それを両手で擦った。
「さあ、電気を消してくれ。」
部屋を暗くしてから、蓋を開け、ライターの火をボトルの口に差し伸べた。
「わあ、綺麗…。」
「さすが、合コンばかりやってるだけあって、色んな事知ってるわね…。」

 午前1時頃、フー子とヒロシは眠ってしまった。
「ヒロシは毎度の事だけど、何でフー子まで、寝ちゃってるんだ?」
私は云った。
「フー子はね、ここの処忙しかったのや、色々あって疲れてるのよ。」
「色々、何があったんだい?」
「学校の事や、彼の事で悩んでるみたいよ…。」
「また、彼氏と喧嘩したの?」
「またって…、まあ、そうだけど…。
でも今度のは、問題が深いらしいわ…。」
「いいなぁ、みんな。
悩みがあって…。」
「あなたは、全然ないの?」
「いや、1つだけある。
現在俺の唯一の悩みは、果たして我々は性の知識がなくても、セックスができるか、という事だ。」
「…。」
「もし俺達が、セックスという行為を誰からも教えられず、全く知らなかった場合、それができるかって事さ。
動物は教えられなくても、本能でセックスをするだろう? 
人間は本能でそれが、できるのだろうか…?」
「確かにそれは、大いなる問題だな…。」
「人間は知らなかったら、できないんじゃないの?」
「そうだな…。
じゃあさ、人類の初期の頃、その頃も人間は知識がなければ、セックスができなかったのかな? 
当時は、性教育なんてものは、なかったに違いないが…。」
「原始時代には、人間は本能でセックスができたんじゃないか?」
「じゃあ、いつから人間は、本能でできなくなったんだろう?」
「聴いた事ないけど、おそらく文明の発生以後だろうな…。
人間の脳が発達して、文明人になった時、セックスの本能は消滅したんだろう…。」
「人間は色んな事を知って行く内に、知らなければ何もできなくなってしまったんだ…。」
「知識は本能を駆逐する、か…。」
「でも、それが悩みなの…?」
「ああ。
俺を悩ます深遠なる謎だ…。」

 「誰にでも、子供の頃不思議に思いながら、ずっと心にしまっていた小さな疑問が1つはあるものさ…。」
私は云った。
「眼を閉じて、瞼の裏をじっと視るんだ。
すると、透き通った菌糸の様なものが視える。
それは初めは止まってるんだけど、よく視ようと眼で追うと、スーッと移動して視界から消えるんだ。」
「本当だ…。
視える…。」
「視えたわ…。
あ、逃げちゃった…。」
「…戻って来たわよ。」
「さらに云うと、それは眼を開けている時にも、視えてるんだぜ。」
「これ…、いったい何なの…?」
作品名:愛を抱いて 18 作家名:ゆうとの