愛を抱いて 17
〈三三、口付けはお早うの後に〉
34. アジサイ寺再び
「これが、そうさ。」
6人は洞穴の前にやって来た。
「こっちが例の水子の穴ね…。」
左側の洞穴を少し見物した後、我々は準備に取り掛かった。
洞穴の中は、その季節にはとても寒い事が予想されたので、全員持参した上着を身に着けた。
「先頭は誰だ?」
柳沢が懐中電燈を手にして云った。
皆、先頭と一番最後になるのを厭がった。
「やっぱり、先頭と最後は男性が務めるべきよ。」
結局、私が先頭を、ヒロシが一番最後を行く事になった。
柳沢から懐中電燈を受取ると、私は云った。
「じゃあ、行くぜ…。」
周りに居た観光客の注目を浴びながら、6人は洞窟の中へ入って行った。
「こりゃ、凄いな…。」
私の背後で、柳沢が云った。
洞穴に入ってしばらくは非常にやかましかった3人の黄色い声も、静かになった。
「足もとに気をつけろよ。
また、穴になってるぞ…。」
私は何度もそう云った。
洞穴は以前と同じ様に急に狭くなり、6人は身を屈めて進んだ。
「ねえ、もう少しゆっくり行ってよ。」
「そうだ。
先頭は速過ぎるぞ。」
後ろの方で、香織とヒロシの声がした。
私は逸る心を抑え切れず、ぐんぐん前へ進んで行った。
「あら…、フー子ちゃんどこ?
待って…。」
世樹子の声がした。
「どうしたのよ?」
香織の声だった。
「ここよ、世樹子…。
まっすぐだから、早くいらっしゃい…。」
フー子は後ろに向かって云った。
「あ、柳沢君まだ行かないで…。
鉄兵!
ストップ!」
云われて私は、仕方なく足を停めた。
フー子と世樹子の間が、長く空いてしまったらしかった。
私は柳沢がいる処まで少し戻り、懐中電燈を後ろに向けた。
闇の中から、世樹子が香織と後ろ手を繋いで現れた。
「ああ、良かった…。」
世樹子はフー子に縋り付きながら云った。
「ねえ、鉄兵と柳沢君、替わりなさいよ。」
香織が云った。
私は柳沢と順番を交替させられた。
我々はまた一列になって進み始めた。
「おい、水溜まりだ…。」
柳沢が云った。
これまでにも小さな水溜まりは所々にあったが、それは非常に大きなもので、狭い土の路を塞いでいた。
我々は1人ずつ横の土壁に片足でワン・ステップを着きながら、それを飛び越えた。
「この前は、こんな大きなのはなかった…。」
私は云った。
「水の音がしたって云った正体は、これじゃなくて…?」
フー子が云った。
しかし私には、以前引き返した地点までの、まだ半分も進んでいない様に思えた。
そこから少し進んだ処で、また柳沢が足を止めた。
「今度は何だ…?」
私は云った。
「視ろよ…。」
懐中電燈に照らされた前方に、土の壁が出現していた。
「あら、もう行き止り?」
フー子が云った。
「そんなはずは…。」
私は茫然とその壁を視つめていた。
洞穴の暗闇の果てには、最も有り得そうな結末が待っていた。
「鉄兵、そうがっかりするなよ…。」
「結局、長いだけのただの洞穴だったってわけか…。」
「そう簡単に、ロマンには出逢えやしないって事よ…。」
我々は入口へ引き返し始めた。
今度はヒロシが懐中電燈を持った。
やがて洞穴は、人間が並んで歩ける程広くなった。
突然、ヒロシが懐中電燈を消して走り出した。
女の悲鳴が響き渡り、洞穴の中はパニックになった。
私は皆が走り去るまで、その場にじっとしていた。
呆気なかった結末に心残りを感じていた。
それから、手探りで闇の中をゆっくり進んだ。
横に人の気配がした。
「誰…?」
世樹子の声だった。
私はライターの火を点けた。
彼女はそこに、うずくまっていた。
「そんな処で何をしてるんだい?」
私は笑いながら云った。
「ここへ泊まって行く気かい?」
「怖くて動けなかったのよ…。」
私は彼女の手を取った。
彼女は私の手を堅く握りしめた。
二人は入口を目指して、闇を進んだ。
外の光が視えて、世樹子は繋いでいた手を放した。
私と世樹子以外の皆は、既に洞穴の外に出ていた。
「ヒロシ君てば、酷いわ…。」
「私、やるんじゃないかとは、思ってたのよね…。」
洞窟探険を終えると、6人は寺の中を散策した。
恋人同士の二人連れで訪れるべき場所を、我々は非常識にゾロゾロと歩き廻った。
「香織ちゃんと鉄兵君の二人で来た時には、アジサイが綺麗だったでしょうね…。」
「まあね。
あの時は、アジサイを見にここへ来たんですもの…。」
陽は早くも傾き始めていた。
「ねえ、鎌倉で甘い物食べてから帰りましょうよ。」
「あ、私も行ってみたい店があるんだ…。」
6人はアジサイ寺を後にした。
10月6日の夜、私は帰りに「じゅん・じゅん」へ寄った。
「よ、鉄兵ちゃん。
久しぶりじゃない。
この頃、いつも前を素通りして行くんだもの…。」
マスターがそばへ寄って来て、云った。
「何だ…。
視てたの?」
「入って来るかなあって思って視てても、スーッと歩いて行っちゃうんだよな…。」
「どうせ、外を歩く女の子をずっと眺めてたんだろう?」
「良い勘してるじゃない。
そうだ…、また好いビデオ沢山入ってるよ…。」
「ほお…。」
「それからさ、前から頼んでた…。
鉄兵ちゃん達の合コンに俺も呼んでもらう話…。」
「ああ…。
今、合コン・ラッシュでメンバーが揃い難くて困ってるんだ。
いつでもOKだよ。」
「やったね…。」
「でもマスター、学生のノリに付いて来れるかな?」
「よく云うよ。
そんなに齢は違わないじゃない?」
「珈琲が不味くなるから、つまらん冗談は止めてくれ…。」
「…。」
「ねえ、年末はやっぱり広島へ帰るの?」
香織が云った。
「…まあ、多分…。」
「そうよねぇ…。
正月はやっぱり、親元で過ごしたいわよねぇ…。」
「何だい、突然…?」
「いえ、ただ年末はどうするのかなぁって思って…。」
「そんな、遥か遠い未来の事なんて解らないよ。」
「そう…。
じゃあ、決まったらすぐに教えてくれる?」
「君はどうするか、決めてるのかい?」
「私は帰らないつもりよ。」
「へえ…。
俺も今、決まった。」
「…?」
「俺も東京に居るよ。」
「本当…?
帰省しなくていいの?」
「ああ。
それで、いったいこっちで何があるんだい?」
香織は少し笑ってから、云った。
「別に何もないんだけど…。
あのね、…あなたがもし12月31日の夜、東京に居て、しかも暇だったら、私と一緒に高尾山へ行かない?」
「二年参りかい?」
「ええ…。
私、前から高尾山へ初詣でに行きたかったの。
寒いのが厭なら、元旦の昼からでもいいんだけど…。」
「いやいや、若いのに二年参りとは、良い心掛けだ。
31日にしよう。」
「本当?
じゃあ、約束よ。」
「でも、俺がそれまでに、君にフラれていたらどうするんだい…?」