愛を抱いて 16
31. 深夜のドライブ
9月30日の夜、三栄荘にノブとヒロ子が来る事になっていた。
私が大学から帰ると、アパートの前に赤のファミリアと白のミラージュが停まっていた。
よく視ると、1台は横尾のXGだった。
私の部屋には柳沢とヒロシがいた。
「横尾に借りたのか?」
「ああ。」
「ミラージュはレンタ・カーさ。」
ヒロシが云った。
「新しい女の子を迎えた後、深夜のドライブをしようと思ってさ。」
柳沢は云った。
彼等は、この夏免許を取ったばかりで、車の運転がしたくて仕方ないらしかった。
「早く逢いたいな…。
ノブちゃんとヒロ子ちゃん…。」
「鉄兵ちゃんは先週、ヒロ子ちゃんにも逢ったんだろう?」
「ああ。
ディスコで、偶然な…。」
「全く狡いよなぁ、一人だけ…。
で、ヒロ子ちゃんて、どんなだった?」
「綺麗な娘だったぜ。
ただ、中身は香織に似てる気がした…。」
「久保田に…?」
「あ、俺ぐっと楽しみになって来たな。」
柳沢が云った。
午後7時を過ぎても、彼女達は現れなかった。
「遅いな…。」
「腹減った…。」
我々は外へ食べに出ようかと迷いながら、待っていた。
7時半を廻った頃、ようやく彼女等はやって来た。
「御免なさい。
事情ができて、遅れる事が判ってたんだけど、ここ電話がないでしょ…。
どうしようもなかったのよ。」
香織が云った。
「じゃーん。
ノブちゃんとヒロ子ちゅわんの、御登場です。」
世樹子がドアの処に立って云った。
「今晩わ…。
御邪魔します…。」
と云いながら、ノブとヒロ子が足音を忍ばせる様にして、部屋へ入って来た。
「あら、みんなどうしたの…?
何か拍子抜けね…。」
我々の元気のない様子を視て、世樹子が云った。
「腹が…、減った…。」
ヒロシが呟く様に云った。
「そうだろうと思って…、フライド・チキンを買って来てあげたわよ。」
香織がケンタッキーの大きな箱を、テーブルの上に置いた。
我々は一斉に跳ね起きた。
「フー子は来ないの?」
「彼女は10時までバイトよ。
でも終わってから来るって云ってたわよ。」
「ノブちゃんは彼氏いるのかい?」
「いないわよ…。」
ノブは、以前逢った時と同じ微笑みを浮かべて云った。
「ヒロ子ちゃんは?」
「ヒロ子はね、年上の社会人の彼がいるのよ。」
世樹子が云った。
「あの人は違うわよ。
世樹子ったら…。
私もいません。」
「ヒロ子は気が多いのよね…。」
「あら、随分ね…。
感受性が強いって云ってよ。」
「鉄兵ちゃん、何か全然呑んでないな…。
どうしたんだい?」
「ゆうべ合コンで呑み過ぎたんだってさ。」
「また合コンやったの…?」
「ところで、中野ファミリーって何のサークルなの?」
「音楽と映画のサークルさ。」
「みんなでよく二流館やコンサートへ行ってるんだ。」
「あら、そうだったの?
私、手料理のサークルだと思ってた…。」
「中野ファミリーって、サークルだったの…?」
午後11時頃、フー子がやって来た。
「あら、もう料理残ってないの?」
フー子は云った。
「今夜は何も作らなかったのよ。」
「そう…。
私、お腹ペコペコで期待して来たのにな…。」
「食べてないの?」
「夕方、サンドイッチを少し食べたきりなのよ。」
「云っておくけど…。
俺達は手料理を目的にして、この部屋へ集まってるわけじゃないんだぜ。」
「へ?
いったい何の話…?」
フー子はきょとんとした顔で云った。
「じゃあ、フー子のために、みんなで深夜レストランへでも行こうか?」
柳沢が云った。
「深夜レストランなんて、この辺にないじゃない。
どうやって行くのよ?」
「車で行くのさ。」
「車で…?」
「あ、もしかして、外にあった…。」
我々はドヤドヤと全員で部屋を出た。
「でも、かなり御酒呑んでるじゃない。
大丈夫…?」
「平気さ。」
我々は2台の車に4人ずつ乗り込むと、夜の深まった街へ繰り出した。
中野通りへ出て、南へ向かった。
セブンイレブンの前を過ぎ、早稲田通りの交差点を抜け、サン・プラの横を通り過ぎた。
「いつもは舗道を歩いてる場所をこうして車で通ると、何か違う景色に見えるわね…。」
香織が云った。
左に中野駅を見ながら国電の下を潜り抜けると、右手に明りの消えた丸井が建っていた。
「丸井ってさ、この中野の店が本店なんだってさ。」
「本当…?
新宿にあるのが本店だとばかり思ってた…。」
「誰だってそう思うよな。」
商店街が終わって、その先にある「ロイヤル・ホスト」へ車は入って行った。
「鉄兵君は免許持ってないんだ?」
ヒロ子が云った。
「ああ。
夏休みに金がなくて、取れなかった…。」
「でも、夜のドライブって素敵ね。
とても良かったわ…。」
世樹子が云った。
「良かったって、ドライブはこれからだぜ。」
柳沢が云った。
「…あなた達、まだ今からどこかへ行くつもりなの?」
香織が訊いた。
「どこへも行きはしないけど、ただシティ・ロウミングをやるのさ。」
「もう走ってる車も少ないから、きっと気持ちいいぜ。」
「いつもの台詞じゃないけど、夜はこれからさ…。」
「一度云っておこうと思ったんだけど…、あなた等大学生はいいかも知れないけど、専門学校って時間割がきついのよ。」
「俺だって、明日は体育の日だ。
大学も専門学校も関係ないよ。
昨日のダイヤリーと明日のスケジュールなんて、学生には関係ない…。」
「俺なんて、わざわざレンタ・カーを借りたんだぜ。」
「私、明日の一限にどうしても出なきゃいけないのよね…。」
そう云いながら、香織はすっかりドライブに行く気になっていた。
他の女達は勿論賛成だった。
夜食を済ませて、我々は「ロイヤル・ホスト」を出た。
今度は世樹子とヒロ子が、柳沢の運転するXGに乗る事になった。
私は再びXGに乗った。
「柳沢、飛ばそうぜ。」
私は云った。
「OK。」
前を走っていたタクシーを追い抜いて、車は青梅街道を東へ向かった。
突然、白いミラージュがセンター・ラインを越えて、我々の車を抜き去った。
「何てやつらだ…!」
「あれはどう見ても、香織が煽ってるな…。」
「ねえ、これXGでしょ?」
ヒロ子が云った。
「解ったよ、ベイビー。
君にそれ以上云わせやしない。」
柳沢が愉快そうに云った。
ファミリアはDOHCの鋭い加速を見せた。
車は新宿を通過していた。
輝くイルミネーションが車内を明るくした。
道路脇には駐車中の車の列ができており、舗道には人が溢れていた。
「でも、みんな夜に強いのね。」
「外を歩いてる人間の事かい、それとも俺達…?」
「あなた達の事よ。」
ヒロ子は云った。
「俺達にはいつだって、夜だけがセイフティー・ゾーンなのさ。」
「どうして?」
「太陽の下だと危険なんだ。」
「眼が弱いの?」
「…まあね。