星追い人
次の朝、体の隅々に何かが纏わり付くような不快感を覚えたローグとガレンは、ほぼ同じ頃に目を覚ました。目を開けるとそこはうっすらと漂う霧の海で、風が手を振った程度でも流れが視認できるほどだった。どちらともなく深く息を吸い込み、大きく吐いた。その時、ガレンが何かを思い出したように、間抜けな声をこぼした。
「あのさ、ローグ」
「何?」
「ちょっとこの子持ってて。起こさないようにね」
「無論」
そう返した後、立ち上がったガレンは穴のある方へ跳んで行き、霧がその後ろ姿を追うようにして消えた。少し離れた場所で石や岩が崩れる音と、それに驚いたガレンの声が飛び込んでくる。大人しくリアーを抱きかかえたローグは、ガレンの帰りを待っていた。ガレンは程なくして姿を現したが、表情は小動物だった頃に比べて薄い。ローグは彼に尋ねた。何をしに行ったのかと。
「祭壇の上にあった、あの大きな絵。あれ、樟石で描かれたやつじゃないかと思って、見てきたんだ」
「ああ。あの、息を吹きかけると何かが起こるっていう」
「そう。湿気を帯びた空気に触れると、その人間が描いた絵の姿が見えるんだ」
「どういうこと?」
「なんて言えばいいんだろ。まあ、見れば……わかるよ」
ローグは、まだ寝息を立てているリアーを抱きかかえたままガレンの案内の元、いくつもの屍の上にできあがった岩の山へ向かった。
夜明けも近付いているということもあり、ローグの右手側からは眩(まばゆ)い光が差し込んできた。きらきらと白い靄が乱反射する中、霧の隙間を縫い果てた先の崖に映る真っ赤な絵を、ローグは目にした。
リアーはゆっくりと頭を上げ、瞼を開けた。横に顔を向ければ深い紺色の髪が目に入る。彼女は、ああ、旅人のお兄さんだ。と理解したけれど、ローグが前を向いたまま微動だにしないことを不思議に思い、同じ方向へ視線を移そうと顔を動かした時。ローグの手が、昨夜のように彼女の目を覆った。
「君は、見てはいけないよ。僕の言うことを聞いて」
その声はどことなく震えていて、リアーは大人しくその言葉に従って顔を元の位置に戻した。ローグは彼女の従順さを褒めた後、息を吸った。それは、起き抜けの深呼吸とは比べものにならないものだった。
「ガレン、行こう」
「うん。あれはどうするの?」
「放っておこう。たくさんの犠牲を得た水神様が、たくさん雨を降らせるだろうから。いずれ岩肌も削るだろ」
「…わかった。おはよう、寝覚めはどう?」
ガレンは目を覚ましたリアーに声を掛け、リアーはそれに頷くことで返事をする。ローグはリアーをガレンの背中に乗せ、足下のリュックとバッグを手に自らも跨った。
「行こう、霧が晴れる前に」
最後に彼女が見た故郷の姿は、白く、ひたすらに赤く、目が暗(くら)むほどの黒さが広がっていた。目を逸らすように、青年に守られる形で少女は白と緑斑の背中に、しがみついた。
.(20142018)