小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

いつか『恋』と知る時に

INDEX|6ページ/14ページ|

次のページ前のページ
 

(4)予 兆





「ではぁ、われらが良き友人でありぃ、また悪友でもありぃ、師匠でもあるぅ、ジュイチ大先生の帰国を祝ってぇ、かんぱーい!」
乾杯は数度に及んでいた。壽一の帰国を祝って集まった友人は、店を貸し切るに十分な人数だったが、それでも八年前に比べれば少ない方だ。三十才にもなれば家庭を持つし、異動する年頃でもある。それでもこれほどに集まったのは、壽一の人柄とも言えるだろう。
「『師匠』ってなんだよ? 俺はなんにも教えてないぜ?」
「またまたぁ、女の見極め方は教えてくれたでしょうが。おかげで、俺は良い嫁さんもらえたよ。平凡な女だけどな」
「失礼なヤツだなぁ。嫁にチクるぞ。平凡なのはお前が平凡なのであって、ジュイチの教えじゃないだろうが」
 昔から壽一の周りには男女問わず人が集まった。鷲尾物産の跡継ぎであるものの、父の方針もあって、小遣いは同じ年頃の子供に比べればむしろ少ない方だったろう。高校生からは勉強や部活そっちのけでアルバイトに明け暮れた。だから金目当てや就職内定目当てで集まった友達はいない。端麗な容姿に異性はまず惹きつけられるが、それは長く続かなかった。と言うのは、性的や打算で集まる女子達に壽一はそれなりの対応しかしないからである。たいてい一夜を過ごすとそれきりで、彼女達の間で壽一の評価はすこぶる悪かった。友人達の間での呼び名は『ジュイチ』だが、離れて行った女達が付けたあだ名は『ヤリチン』である。
 決して面倒見が良いわけでも、心遣いが出来る性質でもなかったが、不思議と人を惹きつける。冷たく突き放す一方、本当に為す術がない窮地に陥った時や団結しなければならない時には、普段では見せないリーダーシップを発揮した。自分から望んだことは一度もないが、「長」と付く重要ポストには必ず壽一の名前があったので、彼の「部活」は児童会、生徒会、学生自治会における執行部だった。もっとも熱心だったかと言えば、誰もが首を横に振った。ただ気がつけば壽一に使われ、それがたいてい良い結果を生んだので、こうして友人たちの中心にいるわけである。
「よっしゃ〜、二次会行く人! あ、ジュイチは無条件で参加な。明日休みのヤツは朝までつき合う覚悟でヨロシク!」
二次会不参加組は、皆、壽一の元に寄って挨拶して分かれ、参加組は先立って歩く幹事の後ろをゾロゾロとついて歩き出した。少々陽気な、うるさい「御一行様」と一緒に歩く気になれず、壽一は最後尾、更に間隔を開けて歩く。あわよくばこのまま消えてしまえと思っていたが、気づいた女子の一人・斎川茉莉絵に腕を組まれてしまった。「ちっ」と舌打ちしたが、一応は自分の帰国を喜んで集まった人間だから邪険には出来ない。学生時代の壽一であれば、相手の気持ちを汲んだかどうか。
(俺も丸くなったもんだ)
 父・威一郎の思惑通り、外国での修行はそれなりの成果があったと言うことか。父の「してやったり」な表情が脳裏に浮かび、自然と口元がへの字に曲がる壽一だった。
 諦めの境地でそのまま歩く壽一の目に、前方の交差点を渡る二人組の姿が入った。金曜の夜は人数に多少の違いがあるものの、街は酔いの回ったグループで溢れている。それらの人波は壽一達と同じく交差点を渡らない歓楽街の方向へ動いていた。交差点を渡る人数は圧倒的に少なく、自然と壽一の目を引いたわけだが。
(あれは)
 二人組はスーツ姿、で一人はガッチリとしたスポーツマンタイプ、手前の体格的に劣るもう一人、眼鏡をかけた横顔は見知っていた。
(雅樹?)
 まもなく歩行者用の信号が点滅し始め、二人組は足早に横断歩道を渡りきった。その先には大きな車寄せを持つホテルが聳え立ち、彼らは親しげに笑顔を見せ合いながらそちらへと向かっていた。
 ホテルは先代から鷲尾家が公私共によく利用しているところで、今は買収し傘下に入っている。八年前に雅樹を呼び出し、関係を持ったホテルだと壽一は思い出した。
 足は自然と二人組を追うべく動いたが、腕を組んでいた茉莉絵が「どうしたの?」と壽一を引き止め、続いて「ジュイチ!」と誰かが前方から大声で叫んだ。それに意識を取られ次に視線を戻した時には、二人の姿はホテルに入ってしまったのか見えなくなっていた。
 


 
 壽一は自分の上で腰を振る、茉莉絵の柔らかな胸を揉みしだく。大き過ぎず小さ過ぎない乳房は血の通った温かみがあり、きめ細かい肌はしっとりと汗ばんで壽一の掌に吸い付くかのようだった。
 茉莉絵は快感を追うのに一心不乱の様子だが、壽一はどこか冷めている。男の生理として異性の手や舌で触れられれば、とりあえず欲情した。それなりに彼女の身体を楽しんではいたが、乗り気でないセックスに手間暇かける気にはなれない。
(あれは雅樹だった。あの男は誰だ?)
 壽一の頭の中は、交差点で見かけた雅樹と連れの男に占められている。
 二次会に行ったカラオケ店でもその状態で、通されたパーティー・ルームではすぐさまカラオケ大会が始まったが参加することもなく、ボトルで頼んだアルコール類を減らすばかり。しばらくして茉莉絵に抜けださないかと耳打ちされた。
「実はホテルをとってあるの」
 もともとそのつもりだったのだろう。横目で彼女を見ると瞳が潤んで見えた。酔いのせいばかりではないと壽一にはわかった。
 茉莉絵とはエスカレーター式私立の幼稚舎からの腐れ縁だが、高校時代には身体の関係を持つ仲になっていた。交際していたわけではなく、いわゆるセックス・フレンドの類である。決まった相手を作らない壽一にしては、そんな関係でも切れず離れず続いた方だった。茉莉絵の後腐れない自由奔放な性格にその理由があったが、父親が財務省の事務次官、著名な料理研究家である母親は有力政治家の娘と言う彼女の出自も大きい。万が一間違いがあっても、結婚と言う責任の取り方が家柄的に可能だからである。現在も将来の花嫁候補として、威一郎のリストに入っているに違いない。もっとも遊び上手な二人に、そんな責任の取り方は野暮であり杞憂だった。
 そんなわけで、盛り上がっている旧友達を尻目にその場を抜け出し、茉莉絵が泊るホテルに入るや否や、この状態となった。
 しかし身体は快感に反応しても、思考は変っていない。
(笑っていたな)
 彼らを見かけた午後十時は仕事の帰りにしては遅い時間だ。あのホテルにはBARがあった。金曜日であるし、どこかで食事をして飲み直しに来たとも考えられるが、肩を並べて歩いていた二人の様子が目に焼き付いて離れない。雅樹の笑顔を見るのはいつ以来だろうか。
 『あの夜』から帰国するまで、雅樹とはほとんど顔を合わさなかった。社会人と学生とでは生活時間帯が違う上に、雅樹は独立して家を出ていた。会おうとしないかぎり会う機会はない。会いたいとも思わなかった。壽一は帰国して再会してからでさえ、雅樹のことは気にしなかった。交差点で見かけるまで。