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いつか『恋』と知る時に

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 和やかな会話が続く。八年間の空白など感じられないほど。あの『出来事』など、なかったかのように。雅樹は相変わらず品行方正然としていて、壽一に向ける眼差しの中には兄として弟を見る以外の感情は読み取れない。八年前まではそれが壽一を苛立たせ、是が非でも自分を意識させたいと思ったものだ。あの日以来、もうそんなことはどうでもよくなったが、久しぶりに見た彼の変わらない様子には少しばかり、
(癪に障る)
と思えた。
「今夜ですが、急な案件が入ったので家(うち)に寄るのが遅くなりそうなんです。母には連絡しておきます」
 話しの切れ目で雅樹は威一郎に言った。壽一が義母の手料理を食べたいと希望したので、今夜は実家で一家団らんの予定になっている。
「壽一の帰国もだが、おまえも久しぶりに家で食事をすると言うから、母さんも楽しみにしていたぞ。いつも顔を出すだけですぐ帰るらしいな? 男は仕事を優先する生き物だと言っておいたがね」
「恐れ入ります」
「再会の挨拶も終わったことだし、そろそろ我々は仕事の話に入ろうか。壽一は自分の部署に行きなさい。間嶋に案内させる」
 そう言うと威一郎は受話器を取った。
 壽一の配属先は海外事業部で、肩書は第三課課長だった。三十才の課長は一般社員からすると異例であるが、ジュニアで将来の社長候補としては、他の同族企業と比べて決して高い地位ではない。また課長の肩書も実績に裏打ちされたもので、壽一の場合はヨーロッパ支社の立ち上げと業績向上が考慮されていた。これが鷲尾物産の方針である。加えて威一郎は、十年以内、つまり四十才で部長の器程度に結果を出さなければ、弟が候補に上がると壽一に明言している。
(食えないオヤジだ。是が非でも遊ばせないつもりだな)
「壽一、この原口は久能弁護士同様、将来おまえを支える人間の一人だ。あと十年は秘書としての出番はないだろうが、わからないことがあったら聞くといい」
 隣室から入ってきた秘書が紹介される。壽一と同年代の男だった。
「なんだ、女じゃないのか」
 思わず本音を漏らす。
「オオカミにウサギを与えるようなものだからな」
「いったいどんな報告が行っているんです?」
 威一郎は肩を竦めて見せた。それから間嶋に目配せした。彼はドアの前に向かった。「もう行け」と言うことらしい。
 ドアが閉まる前に壽一は振り返った。部屋に残った二人は応接セットに移動し、雅樹の姿は背の高い観葉植物で死角になり見えなかった。