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愛を抱いて 14

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私の心は動揺を喫していたが、いつもの様に私は彼女の髪を撫でた。
彼女は気持ち良さそうに眼を閉じて、小さく呟いた。
「でも、好きだって、云ってくれたわ…。」
私は、彼女のその微かな口もとの動きを視て、背中に冷たいものを感じた。
彼女の唇が、「好きだって、云わせたわ…。」と動いた様に思えたのだ。
跳ね上がって、床の上に転げ落ちそうな衝撃が、全身を襲った。
(まさか…、これは考え過ぎだ…。)
私は自分にそう云い聴かせた。
私は、更に恐ろしい仮定を見い出したのだった。
それは、彼女が私の全てを見抜いていて、彼女にしてみれば、自分は私と関係している女性達の中の一人という立場であり、自分に注がれている愛情は、私の全ての愛情の中の何分の一かである…、そして彼女は、今日のシナリオの成り行きをも、途中で既に予知していた…、しかし、わざとああいった態度をとって私を慌てさせた、というものだった。
それは、私に「好きだ。」と云わせるためなのか…? 
それとも…、彼女の哀しい復讐であるのか…?
(…復讐? 
…俺に? 
待てよ…。
復讐…。
そうか…。
美穂は…?)
私は混乱した。
(全てを見透かされている…!)
私は揺れ動いている心を、みゆきに悟られまいと必死だった。
しかし、心を隠そうとすればする程、彼女を上手く抱く事ができなかった。

 「鯖の味噌煮が食べたい…。」
私は云った。
私は魚が嫌いだった。
「魚、嫌いなの…?」
以前、香織が私にそう尋ねた事があった。
「うん。
肉の方が美味い。」
「そりゃ、そうだけど…。」
「でも、刺身は好きだぜ。
寿司も…。」
「何て人なの…。」
「それと、後もう一つ。
鯖の味噌煮も…。」
「鯖の味噌煮…?」
香織は笑った。
「何が可笑しいんだい? 
鯖の味噌煮は美味しいと思わないかい? 
あれは、魚料理の…、いや、和食の最高傑作だ。」
「御免なさい…。
何となく可笑しかったのよ。
確かに美味しいわね…。
私も好きよ。」
「ああ…、鯖の味噌煮が食べたい…。
この胸の切なる叫びが、聴こえるかい?」
「腹の叫びでしょ…? 
でもいいわ。
今度、作ってあげる。
あなた、全然魚食べないから…。
やっぱり、肉だけじゃなくて魚も食べた方が良いわよ。
バランスって事もあるでしょうし…。」
という成り行きにより、9月23日、中野ファミリーの食事会のメニューは、鯖の味噌煮となった。

 食事会の後、ヒロシとフー子はオセロを始め、香織、世樹子、柳沢と私は、マッチ棒で遊んでいた。
「何だい? 
それは。」
私は世樹子に訊いた。
「犬よ。」
「犬…? 
豚にしか見えんが…。」
柳沢が云った。
「豚なら豚でも好いわよ。」
香織が云った。
「この犬はねぇ、悪い犬なの。」
世樹子は云った。
「豚だろ…。」
「…悪い豚なの。
だから、マッチ棒を2本動かして、殺して欲しいの。」
「殺す…? 
そんな残酷な事、俺にはできない。」
「とか云って、解らないんでしょう?」
香織がニヤニヤしながら云った。
「ああ。
降参だ。」
「こうするのよ。」
「なる程…。」
私と柳沢は感心した。


                            〈二八、秋の気配〉


作品名:愛を抱いて 14 作家名:ゆうとの