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わたしの読書体験

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(拍手)こんにちは、作家の園田めぐみです。今週は庚申出版社さん創立八十周年記念講演として「わたしの読書体験」というテーマでお話するご依頼をいただきましたので、少しばかり思い出ばなしをしとうございます。
 私は今小説書きをなりわいにしておりますから、小さい頃からさぞや読書が好きだったのではと皆さんは思われているかもしれませんが、それは誤解です。わたしが文字を読めるようになったのは小学生になってからで、しかも本を読むことは大の苦手でした。文字を読んでも、直線や曲線の不規則なかたまりにしか見えず、それが意味や音を伴っていることがどうしても納得できませんでした。
 このように、読書に対してはわたしは他の子どもよりかなりオクテではありましたが、物語についてはごく幼いころから接してきました。それと申しますのも、わたしの亡くなった父が寝物語に即興でつくったお話をたくさん聞かせてくれたからです。
 わたしが父のお話を夢中になって聞いていたのは今から三十年以上前のことになりますが、たくさんのストーリーをまだよく覚えています。覚えている話を数えれば、百は下らないでしょう。即興で作る話ですから二度と同じ話を聞くことはできないにも関わらず、こんなによく覚えているのはわれながら不思議な気がします。先日、野球の松井秀喜選手が、自分が打ったホームランはすべて一本一本記憶している、とおっしゃっていましたが、それに近いのかもしれません。でもわが家の場合、聞いていたわたしの方は覚えているのに、父の方は語ったそばから忘れてしまっていたので、かなり事情がちがいますが。(笑)
 記憶や印象に残るポイントは、お話によってテーマだったり、場面だったり、あらすじだったり、登場人物だったりと様々です。そのポイントを思い出せば、ストーリー全体がすぐさまよみがえってくるのです。アラフォーのおばさんになってもこれだけ覚えているのですから、きっと生涯忘れないことでしょう。
 今、わたしには六歳になる息子がおります。自分にも父と同じことができるだろうか、と何度か試してみましたが、なかなかうまく行きません。息子もとても退屈そうで、そのたびに途中で寝てしまいます。でもある意味、子守唄の役割は果たしているので、これはこれでいいんだと自分の非才を慰めています。(笑)
 ではここで、父が作ったお話をひとつ披露しましょう。わたしが小学校に入って最初の夏休みに聞かせてくれたお話です。こんなに大勢のみなさまの前をして少し緊張気味ですので、ちゃんと思い出してしゃべれるか、いささか心もとないのですが・・・。

                ※

 ある秋の日のことでした。小学一年生のトモコちゃんは、三階の教室の窓から、クラスのみんなが遊んでいるのを眺めていました。
 今は、二時間目と三時間目のあいだの中休みで、クラスのみんなは校庭にでて元気いっぱいに遊んでいます。みんなはブランコに乗ったり、ジャングルジムに登ったり、追いかけっこをしたりして、とても楽しそうに遊んでいます。
 トモコちゃんだけが、教室に一人残っていました。一年生になったばかりの頃は、トモコちゃんもみんなと同じように校庭に出て遊んでいました。しかし、夏休みが終わり、二学期になった頃から、だんだんひとりで教室に残って本を読む日が多くなりました。
「ひとりの方がずっと楽しい。だって、わたし、本を読むのが大好きなんだもん」トモコちゃんはひとりごとをいいました。トモコちゃんは窓から離れると、自分の席にすわり、本のつづきを読みはじめました。でも今日はなぜだか読んでいても本に書いてあることがちっとも頭の中にはいってきません。
「あれ、おかしいなあ」
 いくら読んでも、本の文字がミミズがのたくった、ただの線のようにしか見えません。しばらくすると、頭が何かでしめつけられているような心地がして、なんだか胸も苦しくなってきました。
 トモコちゃんは本を閉じ、「ふーっ」とため息をつきました。そして、あたりを見回すと、トモコちゃんの席のずっと後ろの方に、ひとりの女の子がすわっているのに気づきました。女の子はトモコちゃんが知らない子でした。一年生は3クラスしかないので、他のクラスの子たちもたいていは顔を知っているのですが、その子は今まで見たことがない顔でした。
「二年生かなあ」トモコちゃんは思いました。でも、なぜ二年生が一年生の教室にいるのかわかりません。
 トモコちゃんがもう一度後ろを振り向くと、その子はこちらを見て恥ずかしそうに上目づかいをしながら、ちょっぴりほほえんだようでした。トモコちゃんは席を立って、その子の席に近づいていきました。
「二年生なの?」トモコちゃんはその子に声をかけながら、顔をじっと見ました。その女の子は初めてみる顔でしたが、ずっと前から知っているような気もしました。
 初めてみるけど知っている顔。トモコちゃんは、頭がこんがらがってきました。女の子は黙ったままです。
 トモコちゃんは「あたし、タカハシトモコ。あなたは?」といいました。その子は、少し考えるふうでしたが、「ひみつ」と答えました。トモコちゃんは、「変な子だなあ」と思いながら「ねえ、そこで何しているの」と聞きました。女の子は、ぎゃくに「トモコちゃんはそこで何をしているの」と聞いてきました。トモコちゃんは「あたしは本を読んでるの」と答えました。
「みんなは校庭で遊んでいるのに、何でトモコちゃんは本を読んでいるの」その子はいいました。トモコちゃんはどきっとしました。
「みんなと遊ぶより、本を読んでる方が楽しいから」どきどきしながら答えると、「あたしも本を読むの好きだよ」女の子は、にっこりしながらいいました。「ねえ、いっしょに本読もうよ」
 トモコちゃんと女の子は、学級文庫の本を一冊えらんでいっしょに読むことにしました。二人はじゃんけんをして、男子のセリフはトモコちゃんが、女子のセリフは女の子が読むことにして、それ以外のところはカワリバンコに読むことにしました。
 トモコちゃんが男のセリフを低い声をつかって読むと女の子はクスクス笑い、女の子がお姫さまみたいに気どってセリフを読むとトモコちゃんはケラケラ笑いました。夢中で頭をよせあって本を読むので、頭を何度もぶつけました。そのたびに二人は顔を見合わせて、はじけるように笑いました。

 休み時間が終わるチャイムが鳴りました。ひとりで本を読んでいるときはとても長く感じるのに、きょうはあっという間だったな、とトモコちゃんは思いました。トモコちゃんが立ち上がって窓へ行き、校庭を見下ろすと、全校中の子供たちが、次々と校舎に吸い込まれていくのが見えました。
「ねえ、お昼休みも一緒に本読もうよ」こういって後ろを振り向くと、女の子の姿がありません。さっき、二人で読んでいた本が、ぽつんと机の上にあるだけでした。
「教室に帰っちゃったんだな。やっぱり二年生だったのかな。それにしても、バイバイぐらい言えばいいのに」とトモコちゃんは思いました。トモコちゃんが本を片づけようとして手にとると、下にノートのきれはしがあって、そこには、
「さようなら ともこちゃん」
と、まるで大人のようにじょうずな字が鉛筆で書いてありました。
作品名:わたしの読書体験 作家名:DeerHunter